壁沿いの探索
食料の買い出しを終え、宿で体を休めた早朝に迷宮へとやって来た。
前回の復習を兼ねて5層のボス(通常種)を瞬殺して6層へと進んだ。
さすがに広すぎてフロア全体に気配探知をするのには無理があって、時計回りに壁伝いに進むことにした。とりあえず一周さえしてしまえば、おおよその広さと形状が把握できるだろう。絶対的な方向感覚を持っているので、それさえ把握できれば内側を探索していて迷子になることは無いはずだ。
魔力探知や気配探知を広範囲に展開しているが、見知った魔物の物はあまり無く、5層を境に顔ぶれがガラリと変わったようだ。
「新顔さんが多そうだから注意してね」
「ミノタウロスやキュプロス等のパワー系と状態異常持ちの昆虫系が多いそうですね」
「昆虫系って苦手なんだよね。人サイズのGなんかが出たら、自重できないかも」
「辺り構わず焦土。なんてことは控えて下さいね」
「努力はする」
そうは言われてしまったのは、私が短弓を装備しているからなのかもしれない。もっとも、アリスが前衛として三日月斧を装備しているのだから、私が後衛職として弓を持つのは普通の事だと思う。
この階層で最初の獲物はアーマーアントの集団。その魔物は1mにも満たない身の丈ながら、全身を硬質の外骨格に覆われていて物理攻撃が通りにくい。唯一の弱点である関節部分も、小柄であることや集団で襲ってくるために狙いにくい。
「アリス、瓶投げて!」
「ラジャです! 右から低めで投擲します」
範囲魔法なんて持ってはいないので、粘度の高い燃焼剤(クズを燃やした溶剤の進化版)を小瓶ごとアリスに投擲してもらって火矢で焼き尽くしてしまう。普通の火魔法では纏わり付かすことが出来ないのだけれど、燃焼剤なら関節部分も確実に燃やし尽くすことが可能で、揮発性能と比重を高めているから地を這うように延焼してくれる。
それでも巧いこと溶剤を掻い潜ったアーマーアントが居たのだけれど、こちらはアリスが各個撃破してくれた。切れるものではない事は分かっているので、石突きを使って叩き潰してゆく姿は圧巻だった。
「クリティカルヒットだったね。もうちょっと間隔を詰めて当てても良かったかもだけど、追撃が完ぺきだったから安心できたよ」
「数さえ減れば個別撃破もできますし、一当たりして硬さを見ておかないとイザって時に動けなくなっちゃいますから」
「そだね。私たちの近接武器は一般に出回っている物。いくら質が高めの品を選んだと言っても、どこかのタイミングで歯が立たなくなるだろうしね」
「ユーミさんが武器を錬成できるようになれば、そんな心配なんて必要のない武器も作れそうですけど?」
「無理だよ。さすがにそっちの知識はあまり無いし、材料や技術は知識だけじゃどうにもなんないもん。硬さを補強するくらいはできるけど、破損リスクは高くなっちゃうからね」
矢は全て錬金術を使ったお手製で、強度と精密度は折り紙付き。着ている服やプロテクター類もチェーンメイル以上の強度を保ちつつ平服程度の重量に抑えてある。それでも私の刀やアリスの三日月斧は購入した状態のまま使っている。
刀に関しては水魔法を使って血糊が付かない様にしようかとも思った。八犬伝に出てくる村雨をイメージした訳だけれど、刀身にも鞘にもダメージが出そうで断念した。アーマーアントを叩き潰せる強度を持つ三日月斧は、そもそも手を加える必要はない。
魔石とドロップしたアンテウムを拾って先に進む。アンテウムは強度の高い鉱石の一種で、鉄などに溶かし混ぜて鎧の材料にされるそうだ。ダンジョン内では掘り当てるかアーマーアントのドロップでしかお目にかかれないので、買い取り額はそこそこ高いと聞いているけれども売るかどうかは決めかねている。
更に進むとアーマーアントの巣があるようだったので、少しばかり迂回をする。さすがに巣を攻撃できるほどの戦力は持ち合わせていないだろうし、来たばかりなのに消耗戦なんて願い下げだ。
壁が見える範囲内で迂回をした後、再び壁に沿って探索を進める。
魔物の反応がいくつかあるものの、大なり小なり集団になって行動しているのが窺い知れて、戦闘音によって挟まれたりしないよう他の集団から離れているものに絞って駆逐することにした。
まず向かった先に居たのはミノタウロスの群れ。3体がそれぞれ石斧や石剣で武装していて、剣のサイズはこれまで見たどれよりも大きく3mはあるだろう。それを片手で軽々と振り回す体躯と筋力に驚かされる。
「まずは1対1で行きましょう。私は石斧の個体を相手します」
「分かった。後ろの1体は爆散の矢で頭を飛ばすから、それを合図に飛び出そう。いくよ!」
狙い通りに眉間に刺さった矢は頭蓋内で爆散の魔法を発動し、1体の首から上を消し飛ばした。音に驚いて振り返った2対に対し、アリスと二手に分かれて突貫する。
先に間合いを捉えたのはアリスで、振り下ろされた石斧を三日月斧で弾き飛ばし、その勢いのまま1回転して袈裟懸けに切りつける。惜しくもその一撃は厚い胸板を薄く切りつけるにとどまって、いったん間合いを取りなおした。
私はそれを横目で見つつ、突き入れてきた石剣をワンステップで躱しながら、剣を持った腕を肘から切り落とした。
「お見事です!」
「目の前の敵に集中しなさい!」
そんなアリスの称賛に、一言注意を入れて倍の間合いを取って対峙する。腕を切り落とされても戦意は落ちないようで、切り口から血を流しながらも前傾姿勢で突進の構えで角に力を纏わせる。
さすがにミノタウロスの突進を迎え撃つのは難しいので、短弓に持ち替え荊の付与矢を番えて頭蓋に打ち込む。頭蓋骨を打ち抜いた矢は横隔膜の辺りで止まって発動し、爆発的に増殖した荊が収まりきらなくなって体中から飛び出して消滅した。
その向こうではアリスが振り回す三日月斧がミノタウロスの体中を傷だらけにし、膝をついたところで首を跳ね飛ばした。
「お見事。1対1が作れれば問題なさそうだね」
「相手は出来ますけど、時間が掛かり過ぎです。ちょっと休憩させてください」
「うん。近い所に気配も無いから、休憩にお茶にしようか」
容量拡張鞄にからカップを二つ取り出し、水だしで作っておいたハーブティーを注いで手渡した。




