迷宮地図の価値
魔法で血止めがされたとはいえ、クラーマンが連れ出されたギルドの受付前には血だまりが残り、拘束を解いた職員や冒険者が呆けたように佇んでいる。当然、受付に戻ってきていたエディトもその一人なのだけれど、私は構わず声を掛けて要件を済ますことにした。
「エディトさん。もうひとつの要件とやらは片付きましたので、迷宮地図の件をお聞かせくださいませんか」
「え? は、はい?」
「ですから、昨日お願いした売り物になるかの件ですよ。以前こちらで購入したものより出来は良いと思うのですが、何か問題でもありますか?」
「あ、あの! あ、あなた達はいったい……」
「待ちなよ、嬢ちゃん達」
受け応えが出来なくなっているエディトの言葉を遮った声に、後ろを振り返れば髭面の大男が困り顔で私達を見ている。実力的にはCランク下位に位置しそうなステータスをもっているけれど、前衛特化の戦士だと見受けられる。おそらく斬りかかられたとしても、居合一閃で腕ぐらいは切り落とせるだろう。
「なんでしょう」
「一体全体、どうなっているのか説明しちゃくれないか」
「たいした事では無いですよ。隣の国の貴族がお尋ね者の女2人組みを探していて、この国の人身売買でもしているのであろうクランに捜索依頼が出ていた。手っ取り早く身代わりになりそうな冒険者が現れたので攫ってしまおうと考えて、子飼いのPTを使ったものの2度も返り討ちにあった。それなら、それを逆手にとって拘束してしまおうとして、失敗したって感じですね」
「ギルドにしてみりゃ、たいした事なんだがな! まぁ、良い。ギルマスは本当にそんな悪徳クランに繋がりがあるのか? クランの名も聞いたことが無いのだが」
「幹部かどうかは当てずっぽうですから知りませんよ。ただ、このタイミングであのような仕掛け方をしてきたのですから繋がりは確実だろうし、構成員ならば上の方の役職を与えられてはいるでしょうね。お金の繋がりだけとは思えません」
本当は鑑定のスキルで知ったこともあるのだけれど、それをここで言う訳にはいかずに誤魔化しておく。そんなスキルを持っているとわかったら、国に囲われて一生を終わりそうなので、ご勘弁願いたい。
「そこは、うん。嬢ちゃんたちの言い分の方が信憑性も高そうだ。で、嬢ちゃん達は国から依頼で儲けて不正を暴きに来たのか? そんな高価そうな魔道遺物まで持って」
「ただ迷宮に潜りに来た冒険者ですよ。これは知り合いの魔術師に貰ったものです。女2人で旅をするなら持って行けと。やり過ぎる嫌いがあるお前には、トラブった時の証拠に持っていて損は無い。とね」
「そっか。なんかもっとこう、言いたい事があったんだが……。興が逸れた。まぁ、あんまり無理はしないこった」
「そうですね、次はもっと上手くやります」
次なんて無いに越したことは無いのだけれど、とりあえず宣言だけはしておく。苦笑いしか返ってこなかったけれどね。
カウンターの向こうにいるエディトが再起動していたので、改めて迷宮地図の件を聞けば、版権を売ってほしいと言われて譲ることにした。ただしギルドで売る場合でも、最高価格をギルド酒場のエール5杯分までとすることを契約書に盛り込ませた。必要とするのは駆け出しの冒険者だろうから、余りに高額になっては意味がないと思ったからだし、ワンフロアーで1杯分のエール代なら手も出しやすいだろう。
カウンター越しでする話でもないのだろうけれど、迷宮地図の件もまとまった上に若手冒険者の視線から棘が無くなったのは良かった。ひとまずの区切りがついた感じかな。
ざっと鑑定したかぎりではCランク以下しか居なくって、所属PT名に蛇を連想させる人間も見受けられない。ここは騒がせた詫びを入れておくことにしよう。個別に謝罪すべき格上が居なかったのは幸いだった。
「私たちの用は済みましたが、不当に皆さんを拘束しギルドを騒がせたお詫びをさせていただけたらと思いまして。そう、1人につき銀貨3枚を食堂カウンターに渡していきますので、飲み食いの足しにしてください。職員の方の分も置いていきますので、仕事が引けましたらどうぞ」
食堂カウンターに金貨を2枚渡すと、さっきの髭男が声を張り上げた。
「気前の良いお嬢さん方に、感謝の言葉を!」
「「「「ゴチになります!!」」」」
そのノリは嫌いではないけれど、当事者としては少々複雑な思いだ。仮にも自分たちが信頼すべきギルマスが容疑者として連れて行かれたのに、奢ってもらえると分かったとたんに『何も見ていませんでしたよ?』とでも言うような態度なのだから。
私たちは話しかけられるのが煩わしかったので、支払いだけ済ませて外に出た。まだ日は高いが迷宮に潜るには遅い時間なので街の外に出て時間を潰すことにした。
歩いていれば離れて付いてくる数人の気配を感じていて、それは街の外に出ても続いている。ギルドの監視か某クランに属するメンバーか。後者の様なら徹底的に潰す必要があるので、街の外に出ることにしようか。




