バックに居たのは
昨晩は遅くまで飲み食いしていて、宿に戻ったのは夜も明けるかと言った時間だった。憂さ晴らしの面もあったのだけれど、飛び込みで入ったお店で刺身や煮付を食べられたことが思いの外心地よくって長居してしまった。
アリスは魚料理のオンパレードに引き気味ではあったのだけれど、火の通った料理には積極的にチャレンジしては舌鼓を打っていた。さすがに刺身は無理みたいだったけど。
そう、飛び込みで入ったのはジャドン料理を提供するお店で、私が刀を差しているのを見て嬉しそうに接待してくれた。文化をちゃんと理解していると思われ、親しみがわいたのだと思う。
昼近くまで微睡んでいたので、宿で昼食を取ってからギルドへと向かった。
扉を潜るとカウンター横には武装した兵士が立っていた。何やら空気も重く、私を確認した職員があわただしく奥に走っていくのが見える。カウンターにはエディトさんが居たので、彼女の前に行って用件を伝える。
「こんにちは、エディトさん。昨日お願いした迷宮地図の買取の件、どうなりましたか?」
「そちらは承認が下りました。可能であるなら、ギルドで版権を買い取りたいとの事でしたが……。別件も含め、ギルドマスターが参りますのでお待ちください」
それを聞いて動いたのはカウンター横にいた兵士で、スッと出入り口横に移動して殺気を放ち始める。念のために鑑定したが、警戒するほどの相手ではないので無視をすることにした。
奥から兵を伴って出てきたのは四十路くらいの優男だったが、こちらは暗殺者のジョブ持ちでいまだに現役でも通じそうだ。彼がギルマスだとすると少々厄介なことになるだろう。
「ユーフェミアとアリスだな。私はミラバス支部を任されているクラーマンだ」
「先に別件とやらを片付けるようですが、ここで問題ない事ですか?」
「どこで行おうと結果は変わらん。冒険者殺しの大罪人風情に掛ける情けなど無い」
「何を根拠に冒険者殺しなどと仰るのでしょう。とんと覚えがないのですがね」
「先日から行方の分からない【パイソン】が迷宮で消息を絶った際、最も近くにいたPTがお前たち2人だったと複数の証言が取れている。更に昨日は【バイパー】が5層のボス部屋攻略後に襲われ、1人を残して全滅した。唯一の生き残りが大けがを負ったものの救出されて証言したのだ、おとなしく罪を認め武器を捨てろ」
6層に下りて直ぐ階段を使って5層に戻ったのだけれど、その時にはすでにボス部屋の前には人の気配を感知することは出来なかった。ボス部屋に向かっていたと思われるPTは、ボス部屋前には辿り着いていなかったことから生き残りが居るとは思えない。
「証人が居ると言っているのは貴方だけですが事実ですか? それに、その証人とやらが嘘をついている可能性は無いのですか?」
「ギルドマスターである俺が嘘をついているとでも言いたいのか!」
「いえ。【バイパー】と【パイソン】の所属するクラン【羽毛持つ蛇の使徒】の幹部であるクラーマン氏に問うているのです。彼らの犯罪の片棒を担いでいるのですか? と」
顔を真っ赤にして口をパクパクしだしたクラーマンを尻目に、懐からある魔道具を取り出して起動させる。これは私が作ったものだけれど、機能や外見は魔道遺物と同じにしてある。
それが再生するのは、ボス部屋の前で行われたクズとのやり取り。
映像が無いものの随分とクリアに録れているので、居並ぶ冒険者にも職員にも兵士にも内容は伝わったはずだ。
「ク、クランの指示だとは言っていないだろ! なんらかの拷問で嘘の自供をさせたんじゃないのか!」
「貴方が幹部であることは否定しない、と。多勢に無勢で尋問とかしたなら、生かして返すなんてヘマすると思います? で、クランの指示だったんですね?」
「う、うるさい! つべこべ言わずに武器を捨てろ!」
「アリス?」
広範囲への行使なので魔力を練るのに時間がかかると思っていたのだけれど、どうやら時間稼ぎをした甲斐が有ったようだ。
容量拡張鞄に手を突っ込んで聖魔法書に手を添えていたのだろう、アリスによる拘束魔法によって居並ぶ全ての人間が拘束される。Cランク以下をまとめて拘束できる威力も人外だけれど、Cランクを拘束しに来た人間がDランク以下のレベルなんて正気を疑ってしまう。
「執拗に私たちを標的にしていたようだけど、誰に頼まれたの? それとも、日常的にこんな事をしていたってわけ?」
「……」
黙っていられても時間の無駄なので、居合一閃クラーマンの右膝下を切り落とす。後のことを考えて切り口にスライムから作った溶解液を垂らしておく。粘菌特性を残してあるので、細胞の中へと深く浸透して行き肉を溶かす。こうしておけば治癒魔法でも戻すことは出来ない。
「スライム消化液がどんどん体の中に潜り込んでいきますから、中から肉を溶かしてくれるんですよ。早く喋らないとどんどん溶けていきますよ、私は敵に容赦しないので」
「ボスの指示だ。若い女の冒険者2人連れで、片方に奴隷紋をいれればアセルラが買い取るって話だったから、来たばかりのお前らに目を付けた」
「アセルラにも仲間がいるの?」
「向こうの貴族からの依頼だ。詳しくは知らないが、生死を問わず国から出すなって話だったらしい」
「なら、目の付け所が悪かったのね。解除していいよ、アリス。後はこの国に任せましょう」
クラーマンの右足を腿から切り離し、これ以上の浸食を止めておく。拘束を解けば兵士たちがクラーマンを縛り上げ始めたので、後の事は彼らに任せてしまおう。




