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元の世界に戻るのは

 街に戻って先に昼ご飯にしようと少し洒落たお店に入った。

 提供しているメニューは、ここいらの食事処(レストラン)では定番の品だけ。その中からパンとスープをそれぞれ頼み、2人で分けるからとボアのステーキを1人前とグラスワインを1杯注文した。

 直ぐに籠に盛られたパンと野菜がとろっとろに煮込まれたスープが運ばれ、ちぎったパンをスープに沈めてスプーンで口に運ぶ。スープを吸って熱々になったパンが美味しくって、あっと言う間にスープが無くなってしまった。当然、お皿に残った汁は残さずパンに吸わせて食べてしまう。

 ちょっと待ったところで焼けた肉とワインが運ばれてきた。ワインはグラスに半分ずつ注がれてくる気配りが嬉しい。まずは乾杯して一口ワインを口に含むと少し渋みが強かった。


「私は半々くらいかな。アリスは?」

「私も同じくらいでお願いします。肉、切り分けちゃいますね」

「うん。よろしく」


 最近持ち歩くようになった水筒から、出来立ての炭酸水をワインに注ぎ足す。この水筒、薄い鋼製で内側に防水コート(錆止め)を施してある錬成品で、魔法で作った水を半分ほど入れてノズル付きの中栓を落とし、上部に二酸化炭素を充填させて圧縮することで炭酸水を作ることが出来る。もっとも誰でも使えるわけではなくって、二酸化炭素の生成だったり高圧縮が可能な魔術が必要なので私専用のような物だ。

 頼まれる度に指先から炭酸水を出すのが億劫になったので、試行錯誤しつつ作ってみた所謂発展途上品。魔力を込め続けなければ気が抜けやすいのが欠点だけれど、すぐに飲み切ってしまえる今ならば問題も無い。

 通りがかった店員が泡の立ち上るワインに驚いていたけれど、何も言われなかったので食事を続けた。料理のどれもが美味しかったから通い詰めるかもしれないので、仲良く成ったら種明かしをしてあげよう。


「スパークリングは、【火花の輪】ではなく【発泡性】だったのかな」


 突然後ろから声を掛けられて振り返ると、後ろのテーブルに居た4人組の1人が私のグラスをじっとみていた。スッと上げた顔は整ってはいるものの、どちらかと言えば狡猾さが滲んでいるように見受けられた。


「失礼。冒険者ギルドで君らを見かけて、PT(パーティー)ネームの標記が気になっていたものだからね。それでいてその泡だから、思わず声を掛けてしまったんだ」

「私たち、そんなに目立ちますか?」

「基本的にPT(パーティー)ネームの表記にはは古語を使うが、君らのそれは聖王国語を使っていた。もっと言えば、防具を着けない前衛職のみなのは目立たないと思う方がおかしいよ。特に君の格好は斬新だと思うんだ。帯刀しているのもそうだけれど、袴の使い方が実に面白い(他には無い)よ。デザインの元ネタは韓流ドラマか卒業式か」


 ここまで言われてしまえば、相手も渡り人であろうと見当がつく。少なくとも地球の知識を持ち合わせていて、私が渡り人であることを確信しているような話し方だ。


「確かに向こうのデザインからイメージしたところもあるようですけど、こちらに有る物の組み合わせですよ? 私がどこの誰かと間違われている口振りですが、あなたはどちら様でしょうか」

「君らが嗾けられる国の者だと言えば分るだろうか。その国のお抱えで、名をミロクと言う。メンバーは右隣りからイシューヌ、ブラマン、ダミアで、聖王国の動向を探っている」

「確かにアセルラから私たちは来ましたけれど、国の動向とか勇者様の様子なんかは知りませんよ。噂話程度は聞きましたが、私はこちらに流されて直ぐ冒険者に拾われて最近独り立ちしたって感じですから」

「間者ではないって事か……。君は元の世界に戻りたくはないか?」

「特には。戻る術もありませんし、過剰な希望は身を亡ぼすと言いますからね」

「術は有る。すでに5人を送り返しているのだが、ショーゴ・タエコ・ユーヤ・カオリ・ショータの名に覚えは?」

「それが今回の勇者様だと?」


 腹の探り合いとまでは行かないものの、一方的な話に気持ちがささくれ立ってきて苦笑いで答えていく。相手は笑顔で応じているつもりだろうけど、目が笑っていないので警戒感も抱いているのだろう。

 しばしの沈黙を挟んで、向こうが折れて視線を外す。


「もし気が変わったなら声を掛けてくれ。しばらくはこの町にいるし、離れる時は国へ戻る時だ」

「気が変わることは無いですけど、心に留めておきましょう。ではこれで」


 お客の入りが数ないとはいえ、随分ときわどい会話をしていた自覚はある。それでも周りの視線を集める事も無かったので、食事をちゃんと済ませてから店を出た。彼方さんは先に店を出てしまっていたので、足取りを追うことは出来なかった。


 彼らの話が本当であるならば、裕子たちに教えてあげたいと思う。まだ彼女らが向こうに戻って普通の生活ができる精神状態であり、戻ることを望んでいるのならば。それでも私に対する警戒が上がるのは好ましくないので、直ぐに教えてあげる事は難しいだろう。

 先に戻った連中は向こうでちゃんと生きていけるのだろうか。こっちで人を殺しているのだし、精神的に向こうで平穏無事に生きていくのは辛いんじゃないかと思ってしまう。


 私なら無理だろう。

 もしまた虐めにでもあったら、相手を殺めてしまいそうだもの。スキルが無くなったとしたって刃物が有れば、たぶん躊躇なんかしないで喉を切り裂いてしまいそうだ。




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