筒が無い弓使い
無事に馬の預け先を決め、宿もギルドおすすめの中から『女性が選ぶ宿ランキング 3位』に部屋を確保できた。
この宿、建物は古いのだけれども手入れが行き届いていて、食事も美味しくバリエーションも豊富なのだとか。おまけに男女別の浴場も持っているので、疲れた体を癒すのにもってこいだ。
部屋で装備を解いて帯を締め直し、帯刀して容量拡張鞄だけを持って宿を出る。アリスも解いた装備を全て放り込んだ容量拡張鞄を持って、ニコニコしながら私の左側に並んだ。
夕食は宿で取るので買い食いは控え、冒険者御用達の用品店に立ち寄る。教えてもらった通りに初心者セットの中身を確認するが、目新しい物は入っていなかった。
ポケットの多いバッグに、毛布、結界石、ランタン、食器セット、ナイフ、低級ポーションが入っていて、お好みで携行保存食付きも選べる。私たちはその全てを持っているので買い足す必要はない。
結界石は低ランクの魔物除けなのだけれど、効果としては気配をある程度遮断できるものだ。私が使っている結界石は気配遮断の効果が市販の物より高く、視認阻害の効果も低いながら備えたお手製だ。馬車にも同様の機能を持たせてはあるので、野宿では二重結界になっていたはずだ。
携行保存食は、あちらで言うカロリー○イトとかソ○ジョイみたいな物で、水や火が無くても食べられる。歩きながらも食べられるけれど、休憩が取れないほどの危機的状況でなければしないだろう。
「なにか面白そうなものは有った?」
「そうですね。バッグにカラビナが沢山付いているのは、アセルラでは見ませんでいたよね」
「すべてを背負って狭い所を移動するから、すぐ使いたいものは入れるではなくって吊るすんじゃないかな。ほら、私たちは食器としてお皿やお椀を使うけど、ここのは持ち手で吊るせるようになっているプレートやカップだもの」
「確かに。容量拡張鞄は高価ですからね、買えるまではこうして大荷物を持つ必要があるんですね」
アリスも私も自家製の容量拡張鞄を持っていて、パーティーメンバー以外は物を出し入れできないロック機能を持っている。同等の容量ならば金貨1枚ほどの価値がある。しっかり稼げる実力がないと購入は難しいだろう。もっとも一回のアタックで持ち帰れるドロップ品が多ければ、それだけ稼ぎに繋がるのだからジレンマかもしれない。
魔物はドロップ品を残して消えてしまうので、剥ぎ取り用のナイフとかはほとんど見受けられない。逆に迷宮で鉱物が取れるのだろうか、掘削用のピッケルやハンマーの品数が豊富だ。アリスは形見のピッケルを持っているそうなので、私の分だけ購入した。
街を散策しながら、行きかう冒険者の装備を見ながら悩んでいた。
アリスの服はミスリル糸を織り込んだ防刃仕様だけれど、三日月斧を振り回すには膝丈スカートでは少し長い。まとわりついたら足を取られるかもしれない。私の衣装もベルト位置が高いので、帯刀するには向いてはいない。ミスリル糸を織り込んだとは言え、布では打撃に対しての防御効果は期待できない。
そんな中で立ち寄ったのは、武器屋で教えてもらったお店。刀を輸出したい国はジャドンと言うらしく、店員が来ている民族衣装は和装に近かった。近いと表現したのには訳があって、まず袖の形状が筒状で袂が無く柔道着に近い袖。そして男は袴、女はモンペを着けていて草履を履いている。
「見た事ない衣服ですね。でも、色が鮮やかで柄が綺麗ですね」
「そうだね。染め方が違うんだろうね」
生地は木綿でモンペは藍色に染め柄が入っていて、着物は色とりどりだ。こちらではついぞ見ない淡い色合いもあって目新しい感じがする。アセルラでは単色染めで刺繍で柄を入れるのが一般的なものだから、金持ち以外は地味な装いになってしまう。
「そっか。袴を合わせれば、帯の位置を下げてもシャツの皺が気にならないかも」
「なにかアイデアが湧いたんですか」
「うん。宿に帰ったら早速作ってみるよ」
一通り回って宿に戻り、夕食を済ませてから部屋で作業に取り掛かる。
作るのは細身の袴で、大学の卒業式とかでよく見るアレだ。防刃機能を持たせ、プリーツを多めに入れることで動きを妨げないようにする。
革鎧代わりに硬めのビスチェを身に着け詰襟のシャツを羽織り、腰に角帯をきつく巻いて袴を着ける。袴は胸の下あたりで結ぶので、パッと見はエンパイアラインのドレスに見えなくもない。袴だからサイドにスリットが出来るので、下に絞めた角帯に刀を履くことが出来てシャツの丈は皺が出来ない長さにできる。
袴の下はカーゴショーツで、サイドポケットに容量拡張鞄の機能を持たせて矢を入れてある。弓に持ち替えた時にはスリットから手を入れれば、矢筒が無くても恙なく矢を番えることが出来る。
「スカートに大きなスリットを入れるなんて、ずいぶんと大胆ですね」
「べつに下着が見えるとかじゃないし、機能的には問題ないよ」
「問題ないですけど、その格好で無制限に矢を射られたら驚くでしょうね」
「アリスのも作ろうか? スカートの脇から三日月斧が出てきたら、皆が驚いてくれるよ」
「遠慮しておきます。スカートの裾上げもしましたし問題ないです。それより明日から迷宮に入るんですから、そろそろ寝ましょうよ」
久しぶりに見た和装や初めて挑む迷宮に、思いのほかテンションが上がっていたかもしれない。『怪我などしないよう、ちゃんと休んでおかないと』と自分に言い聞かせてそっと目を閉じた。




