side 諜報員A(ある調教師の独白)
俺があの娘に会ったのは、騎士隊の新人名目の連中が盗賊討伐を終えた後だったよ。
そもそも俺は、表向き調教師を名乗っちゃいるが本業は情報屋なんだから、『その時の新人どもが渡り人だ』って事を掴んでいたって不思議は無いだろう。若いのばかり集めて戦闘訓練を繰り返していて、対人戦闘の一環と位置付けられていたはずだった。そうだろぅ、耳の旦那。
おっと、怖い顔しなさんなって。
そんな事情なのに、おおっぴらに出来ない素性なもんだからってギルドの討伐依頼を隠れ蓑にした結果が、ギルドの新人が1人混ざることになったってわけだったよな。
それがあの嬢ちゃんだった。
出発してから調べてみたら、登録間もない新人にも関わらずオークロードが率いた群れを狩ったって言うじゃねぇか。しかもソロだってんだから、流石に耳を疑ったよ。旦那もそうだったんじゃないのかい? 何しろ前代未聞なんだからさ。
だが同行したあの【月に雫】が、その偉業を見ていたと認めたんだとさ。
あの女狐どもがだぞ!
それを聞いて2度ビックリしたもんだ。
ギルドのヘイルが公言したんだ。それでもう、嬢ちゃんの偉業を疑う奴なんかいる訳が無いだろうよ。
当然、ギルドマスターである子爵様の耳にも入っていただろうし、宰相様だって聞き及んでいらっしゃったと思うんだよ俺は。だから同行を許されたってのが俺の見立てなんだが、その理由がちっとも思い浮かばないんだな、これが。
だってそうだろ?
素性を隠しておきたい渡り人の訓練に、冒険者の新人を混ぜる理由なんてこれっぽっちも無いじゃないか。仮に囮にでもって腹積りなら、新人とは言え有望株な冒険者なんか連れてはいかない。それこそ犯罪奴隷に落ちそうな奴を連れて行って、見せしめ兼ねて使い潰した方がマシだって誰もが思うだろうさ。
結果から言やぁ、王宮もギルドも想像つかない結末がいくつも待っていたって訳なんだがな。
討伐のその日に当たるであろうタイミングで、渡り人の半数が戻ってきたな。
その全てが犯罪者のような扱いで、1人は大火傷を負った見るに耐えない様相だったってんだから、訓練士官達の面子は丸潰れだ。なんでも、嬢ちゃんに悪さをしようとして燃やされたとか。上位の回復魔法を受けられなかったって事は、同行した【銀翼の剣】が治療を拒否したって事は事実なんだろうし、焼かれた連中の自業自得だったって事なんだろうよ。
依頼を完遂して戻ってきた連中は、馬をずいぶん連れて帰ってきてくれたんだよ。
で、その馬たちは当然の様に俺のところに連れてこられたんだが、ヘイルが嬢ちゃんを連れてきて「この子に1頭選んでやってくれ」なんて言ってきたんだ。
当然、その理由を聞いたさ。何しろ、預かったって言ったって所有者はギルドになるんだ、すぐに譲渡なんてことは普通ではあり得ない事だぞ。そしたら奴さん「この子が1番の活躍をしたんだが、褒賞は馬が欲しいと言うからだ」なんて答えた。
希望は馬車が引ける馬だって言うから、ちょこっと気性は荒いが力のある馬を選んでやったさ。そしたら嬢ちゃん、その馬に『ルビー』なんて名前までつけたんだよ。
普通はしねえだろ?
貴族様の中にゃ居なくはないが、仕事で使う馬だぞ。使い潰す事の方が多いいわば道具に、名なんざいちいち付けやしないだろ普通は。それなのに名を与えて対等な立場で居るような表情で接したんだから、この嬢ちゃん訳ありだなってピンと来た。
それからは、なるべく嬢ちゃんの希望に沿って世話をしてやり、嬢ちゃんの情報を拾おうとしたんだが、これがまたガードが硬い。最終的に拾えたのは、年齢、ジョブ、スキルの一部くらいなもんだ。馬車を所有していることでの悪目立ちと相俟って、某国から亡命してきた王族なんじゃないかなんて噂まで立つ始末だ。情報者泣かせってのは、あの嬢ちゃんのような女なんだろうな。
そして、忽然と姿をくらました。
相棒の嬢ちゃんも一緒に消息不明だってんだから、おそらくは2人で逃げ出したんだろうよ。
何からってのは、お前さん方が一番よく知っている筈だろ。それでヘイルは仕事も手に着かないくらいに落ち込んだんだからさ。犯罪奴隷紋なんぞが有ったら国からは出れないし、真っ当な生き方なんて無理だろうよ。それでもその道を選ばせた連中は、おそらく彼方此方から恨みを買うんだろうよ。
どこに潜んでいるかなんて情報は入ってこないな。
それでも王都から出たって記録は無いんだろ?
俺が掴んでいるのは、【ワルキューレ】と一緒にギルドに寄ったところまでだ。裏から入って訓練場で【ワルキューレ】と別れてから後、職員の誰もが嬢ちゃんたちを見ちゃいない。
もしかすると他の世界ってやつに呼び出されたのかもな。能力のある者は誰だって欲しいだろうよ。お前さん達が良い例じゃぁねぇか、勇者とやらを強制的に引っ張ってきたあんたらがね。
ルビーって名の馬は売っちまったさ。
誰にって、出先で会った冒険者だよ。ユーフェミアって名の、片手剣使いだった。
放牧に出ていた先でな、馬無し馬車が見えて話を聞いたら、隣国の親類宅に身を寄せる妹を乗せての移動中、馬が足をくじいて動けなくなったんだとさ。殺すしかなくって立ち往生ってざまだ。
馬の肉は燻製にしてあったから、その肉と親の形見だって言うブローチで譲ったんだ。ブローチは換金しちまったから無いが、結局は赤字だったよ。もっとも、嬢ちゃんなら喜んで差し出しただろうから、これで良かったんじゃないかな。




