これからの予定
幌馬車を出して結界石で囲み、車内で夕食の用意をする。途中で香草と野鳥が手に入ったので、夕食は生パスタにすることにした。
空間収納から食材や調理器具を取り出しキッチンに並べる。ボールに小麦粉とオイルを入れて軽く混ぜ、魔法で作った水を入れて捏ねる。こちらのオイルは塩分が多く混ざっているので塩は追加しない。
生地を休ませている間に野鳥を解体して内臓と骨をきれいに取り除き、オイルを敷いた鍋の中で香草と一緒に炒めてトマトを潰し入れる。本当だったら胡椒とかが欲しいのだけれども、こちらで香辛料はなかなか手に入らないので諦める。
煮えたところでパスタ生地を伸ばしてカットし、トマト煮の鍋に入れて少し水を足して煮詰めと茹でをまとめてやってしまう。
「これもあちらの料理なんですか?」
「そうね。もっとも、かなり手抜きをして作ったんだけどね」
「でも美味しいですよ。トマトって生でしか食べた事が無かったので新鮮です」
「こっちって根野菜しかスープに入れないよね。肉と芋と玉葱が定番だし、味付けは塩だけだもんね。まれにミルク煮込みも見かけるけど、具が変わらない」
「それが当たり前だと思っていたので苦は無かったですよ。でもユーミさんと暮らしてしまうと、その当たり前に戻れなくなってしまいそうです」
「胃袋を掴むってやつだね。アリスも料理を覚えて、いつか好きな人の胃袋を掴むんだよ」
私はこちらの人間ではないので、正直なところ愛だの恋だのと浮かれる気は無い。それでも、親しい人が好きな人と所帯を持って幸せになれるのなら応援はしてあげたい。
私の方こそ戻れなくなってしまっていると思う。
祖母を亡くしたあの日、独りで生きていくことを決断した。優しくされなくても、孤立しても、蔑まされたって人に混じって生を全うするんだと覚悟した。たとえ受け入れられずに孤独でいようとも構わないと思ったはずなのに……。
こちらで出会った人たちに受け入れられて励まされ、信頼されて頼られて、こうして誰かとテーブルを囲んだ生活に慣れてしまった今、独りっきりの生活には耐えられないと思う。
片づけ終わって先に見張りに立ち、御者台で星を眺めながらこれからの予定に想いを馳せる。
森を抜けて1日歩けば遊牧地に入れる。そこで調教師らと邂逅できれば馬を買い戻して馬車での移動に移ることが出来る。もし邂逅できなかった場合は、徒歩で2日も行けば街があるので別の馬を買い入れればよい。
そこから1週間も馬車を走らせれば目的のダッカラに入国できるだろう。
入国したら直ぐに冒険者ギルドに寄って貨幣の交換が必要だろうか。当面は手持ちの貨幣だけに止めておき、依頼の内容を吟味してから考えれば良いだろう。あまり依頼報酬が高くないようなら、海沿いに抜けて香辛料の仕入れに力を入れよう。見合う報酬が得られるのなら、迷宮に潜ってみるのも有りかもしれない。
迷宮に潜るならば、装備も見て回るのも良いだろう。
潜るならば武器を新調する必要があると思っているので、良い武器屋が見つかると良いのだけれど。
「ユーミさん、交代の時間ですよ」
「うん、特に異常は無かったよ。ユーミは戦槌が欲しいんだったっけ?」
「そうです。でも良いのが無くって。大鎌でしたっけ? それも使ってみたんですけど、先が大きくって振り回しにくかったんですよ」
「打撃を受けた素材は買取が安いから仕方ないよ。そうだなぁ、先の鎌が小さかったらどうだろう」
「うーん。できれば突いたり殴ったりできる方が良いかも」
「そっか。ダッカラで気に入った得物が見つかると良いね」
ポールウェポンに属する武器も多く存在するけれど、どれも切ることに特化していた。どうしても打撃を受け潰れた肉は買い取ってはもらえないし、皮の買い取り業者も傷は嫌がる。そうすると、刃のある武器を使わざるを得ないのだろう。だからだと思うけれど、アセルラでは打撃系の武器はあまり見受けられなかった。
しいて言えば、メイスがあったくらいだろうか。もっともこれは、魔法使いが振り回して牽制する用途で扱いが多かったようだし、そんな使い方をするのは自衛が必要なソロの駆け出し魔法使いだから質もそれなりだった。
私も近接戦用に短剣は持っているのだけれど、本来は左手で扱う短剣なので心許ない。できれば刺突短剣とか内反り短剣、もしくは薄刃の諸刃短剣が欲しいと思っている。偽装用に吊っていた長剣は扱えないので、森に入って早々に空間収納に放り込んでしまっている。
ナタリーさんに教わりギルドで稽古をつけてもらっていた短剣の扱いは、毎日の鍛錬で少しは自信が持てている。現に、意表を突けばサンダーパンサーを一突きで屠れているのだから、武器さえちゃんとしていれば戦力にもなるだろう。
夜中にも1度見張りに立つのだから、そろそろ寝ないと拙いかな。
あぁ、早く馬車の旅に戻りたい。そして、新天地で新しいものに早く触れたいと思う。




