初めての浄化
日の出と共に朝食の準備を始め、干し肉と葉野菜を挟んだ焼き立ての薄パンを紅茶と一緒に食す。アリスの疲労は気になるほどでもなく、今日もしっかりと移動できそうだ。
「昨夜は近寄ってくる魔物もいなかったようで良かったですね」
「そうね。毎日こうだと助かるんだろうけど、馬を買い取ったら難しいだろうね」
「上手く合流できると良いですけど、向こうも仕事ですから運任せでしょうね」
「だからこそ、早めに動いて待っているくらいにしたいのよね。だから今日も頑張りましょう」
本来の街道は森の縁を大きく迂回するルートで、村も複数存在する国境まで六週間の工程なのだけれど、森の張り出し部分を突っ切ってしまう事で行程を短縮している。森を4日で抜けられれば、抜けた先の平原に馬を買い取ってもらった業者が遊牧しているはずだった。
合流が出来ればユーフェミア名義で馬を買い取ることで、転売に見立てた名義変更ができると考えたのだった。もちろん手間賃は弾む約束だし、冒険者ギルドのマスターからもお手当てがあると聞いていた。
一括りに『森』と称してはいるけれど、縁の部分は大規模な林なので歩きにくいとかは無い。定義として『森』は自然にできた木の密集地で、『林』はどれだけ大きくても人工的に植樹されるなどした木の密集地なのだ。なんでこんなことを言ったかと言えば、歩きやすいと言いたかったわけ。多少下木が生い茂ってはいても、大木は等間隔で真直ぐ点に伸びている。歩きやすいし見通しも悪すぎる事はないので助かっている。
南西に向かってまっすぐ進めば、おそらく2日くらいで森は抜けられるはずで、強い魔物もオーガキングレベルならば迂回する必要も無いだろう。
注意すべきはガーゴイルとコカトリス。双方ともに有翼の魔物で、ガーゴイルは強固な皮膚を持ち水魔法も操るし、コカトリスは石化の魔法を放ってくるそうだ。まだどちらとも出会ったことは無いのだけれど、あちらでも有名な魔物だから見ればすぐにわかると思う。
幸いにもアリスは状態異常解除の魔法を使えるので、アリスが被弾しなければ対応は可能だろうけれども、避けられるなら避けて通ろうと思っている。日程が厳しければ邂逅もやむなしだけれど、爆砕の魔法を付与した矢も大量に用意してあるので安心はしている。
1日進んでほぼ予定通りに直進できていた。
途中で戦闘になったのはオークの集団とコボルトのゾンビだった。
オークは私が遠距離から射殺して回ったので、こちらの被害はゼロだった。と言うか、認識さえされていないと思う。
ゾンビとは初の対面だったけれども、矢が通じないのには困ったし見た目がよろしくない。最初はコボルトの反応だったので、いつもの通りに遠距離で射殺そうと思ったのに動きが止まらない。外したのかと思ってよくよく見れば、肉が腐って垂れ下がっているのには、さすがの私も食欲が失せる程だった。
放った矢は外れたのではなく頭蓋を貫通していて、後頭部から中身を飛び散らかしていたようだ。この相手に私が取れる手段は限られていて、魔石を正確に射抜いて破壊するか、燃焼系の魔法を付与した矢で消し去るかとなる。矢も無くはないけれど、5体を個別にとなると厳しい。
「ユーミさん。私がまとめて浄化しますから、下がってもらえませんか」
「了解。もし駄目だと思ったら直ぐに言ってね」
「はい。では、行きます。インパ・テンス・マスビ・フィード・モサーヴ・プアソル・マスビ・スモニト・ハボンズ……、プリフィケーション!!」
ゾンビの足元に呪文によって描き出される魔法陣が、金色に輝くにつれて光の当たったところからゾンビの体が光に変わる。変換された光の粒は、ゆっくりと輝きを失いながら天に昇っていった。
「逝った、ようね」
「何とかなりましたね。良かったです」
アリスの浄化を初めて見たのだけれど、聞いていた以上にすごい効力が秘められているようだ。まとまって歩いていたとは言えども、5体をいっぺんに浄化してしまうなんて思いもしなかった。
なんと頼もしい相棒なんだろう。
実戦での浄化魔法の使用は初めてのはずだ。練習は積んでいるはずだけれども、いきなりの実戦で成功させるなんてすごい事だと思う。
「ありがとうね。でも、体は大丈夫? 魔力の使い過ぎだったら少し休んでも良いんだから、遠慮なんてしないで言ってね」
「大丈夫ですよ。呪いを受けた武具の浄化は結構やっていましたし、2度ほど実戦でも使った事があるんです。王都の事故物件、って言うんでしたっけ? 呪われた屋敷なんてのが何件かあって、ゴーストとかシャドーなんて魔物が出るんですよ。そこで練習する日も有ったので、なんとなく大丈夫だと自信をもってできました」
「そっか、良かった。私にも手が無いわけではないんだけど、これからも無理しない程度にやっつけてね」
そんな感じで森での2泊目に突入した。




