知らぬ森での一夜
徒歩で森に入って半日。そろそろ野営地をと思った矢先、魔物の気配を感じ取った。
「アリス、止まって。右手の方からコボルトの気配を感じるの」
「団体さんですか?」
「数は5匹程だけれど、何かに追われているように感じるの。追手の気配は感じないんだけど、そういった魔物なのかもしれないからやり過ごしましょう」
元から迷彩柄を外にしてマントを羽織っていたけれど、上に逃げた方が確実に思えて鉤爪とロープの付いた矢を頭上に放ち、ロープを使って高い木の枝までよじ登った。
落ちないようにロープで体を固定し、下の様子を窺っているとコボルトが走り抜けていく。しきりに後ろを気にしているので追われているのは確実なようだが、その追手の気配が感じられない。
「音、が聞こえます。葉を踏む音ではないような……」
「落ち葉の下? 土の中を移動しているのかも」
「ファイヤアントとかビートスパイダーでしょうか。どっちも肉食の昆虫で、集団で狩りをしますよね」
「そっち系だと焼き払っちゃったほうが良いかな。あ! コボルトが戻って来ちゃうかも」
「その時は殲滅してしまえば」
「アリスも言うようになったね。じゃ、念のため痺れさせてみようか」
雷魔法であるサンダーを付与した矢を数本、空間収納から取り出して音のしているあたりに1本打ち込む。
「ポス、ビリッ!!」
矢の刺さった地面に半径3m程の魔法陣が瞬時に現れ、サンダーの魔法が発動して一瞬だけ稲妻が走る。
魔法陣の端の方で細長い物が感電したのだけれど、感電した瞬間に切り離されたようで本体が追えなかった。魔力探知の範囲を狭めて精度を上げてみても、雷魔法の痕跡が有るだけで何に魔法が効いたのかが掴めない。
瞬間的とはいえども魔法の発動を感知されたのか、コボルトは立ち止まって様子を窺っているようだ。もっとも戻ってくる気配はないので、追手の反応が消えたのを不審に思っているだけなのかもしれない。
「コボルトの動きが止まりましたね」
「たぶん、追手の反応が消えたからじゃないかな」
「そうすると、私たちよりもコボルトの方が敏感に感じ取っているって事ですね。過信は禁物ってことですかねぇ」
「魔力を持たざる者って存在するのかな」
こちらに飛ばされた私でさえ魔力を持っていて、それは同時に飛ばされてきた勇者たちにも言える事だった。魔法が使えるかどうかは魔力量と特性の相性だったりするのだけれど、こちらに生きるものの全てが大なり小なり魔力を内包している。
私の使う魔力探知は内包する魔力の動き、自然に体から放出される魔力を感知していて、その魔力の質でおおよその対象を絞り込む事もできている。逆に言えば、死んで時間が経った死体は感知することが出来ない。もしかすると死霊とかは感知できないのかもしれないけど、好んで近づきたくは無いので確認はしていない。
「食虫植物。動物を食らって栄養を得ている植物だったら、もしかすると感知できないかもしれないね。こうして森に居て植物の配置や種類は分からないわけだし、そう言ったものにも反応する魔法が必要になってくるのかもね」
「植物ですか? トレントとかいう木の魔物は聞いた事が有りますけど、生息地ってもっと南だったと思いますよ。それに魔物である以上は魔力を放ているはずなんですが……」
確かに樹木のモンスターはいくつか確認されているけれど、私は未だに出会ったことが無くて気配が分からない。そうこう話をしていると、コボルトは警戒しながらも離れていった。
私たちはゆっくり木から降り、感電して切り離された物の確認をする。
「やっぱり蔦っぽいですね」
「切れた元を辿るのは藪蛇になりそうだから止めておこう。もう少し先で幌馬車を出そうね」
幌馬車だけなので移動は出来ないけれど寝る場所としては利用できるので、少し先に行った巨木のそばで空間収納から取り出す。
最新型の幌馬車は完全特別仕様になっている。
木製である車体や車輪は分子結合を施した木材錬成で作られていて、鉄心入り一体成形になっているので丈夫で軽い。普通の馬車に対して半分の重量にもかかわらず、グレートボアの体当たりでも傷ひとつ入らないほどだ。
アーチ状のトップフレームとハニカムメッシュのサイドパネルは車体と一体成型のモノコック構造で、目立たないように撥水処理した帆布で覆っている。
御者台はクッション入りの革張りで、色付き強化ガラスの張り出し屋根が付いている。雨や日差しを防ぐだけではなく、有事の際は巻き上げてあるメッシュ地の防刃布を垂らせば、ある程度の攻撃も防ぐことが可能だ。組み立て式のベッドやシンク、錬成釜やトイレも設置されていて、魔石コンロを使えば簡単な煮炊きもできる渾身の作になっている。
念のために結界石を四方に置いて、簡単な夕飯を食べた後は3時間交代で睡眠をとった。明日も歩き詰めの予定なので、しっかりと休息を取りたいけれども2人旅ではこれが精一杯。
結果石によって魔力の漏れは遮断することが出来るし、香を焚いたので人工物や人の匂いも抑えられている。それでも先ほどの事もあるので緊張を強いる夜になった。




