餞別と旅立ち
朝、少し早く起き出して独り、食堂へと移動して武具の整備をしておく。
ここを発てばしばらくは野宿が続くので持っていくものは多くなるし、魔物や獣と対峙する機会も増えるだろう。特に対人用の矢は多いに越したことはないので、ストックを切らさないようにしないといけない。
錬金術師のレベルが上がっているので、固体のみの錬成は空間収納内で行うことが出来るようになっていて、時間さえかければ矢の錬成など食事中でも行える。魔法発動型の矢はストック過多気味なので、大型の魔物が出ても問題ないと思っている。
防具はアリスのも含めて最近刷新した。
アリスは一時期、魔法の修練として教会に出入りしていたこともあって、修道服を身に着けるようになっていた。あちらで言うシスターの服装で、ウィンブルも被っている。さすがにそれでは目立つので、今朝からは詰襟の膝下丈ワンピースに乗馬ズボンと編み上げのロングブーツを着てもらう。ワンピースはミスリル糸を編み込んであるので、鉄剣くらいだったら防刃効果が期待できる。
私は詰襟のブラウスに厚手のワークパンツとショートブーツで、短丈のチェニックを羽織った男性風の格好をしている。寝る前に前下がりボブに髪をカットしたのもあって、よく見なければ男に見えるだろう。革の胸当てと腰当、籠手を着けて長剣を腰に固定すれば、まず私だとは思わないはずだ。
2人そろって迷彩と茶のリバーシブルなフード付きマントも用意してある。
日が昇ってしばらく経つと、すっきりした顔で皆が食堂に下りてきた。二日酔いになっている人は居なさそうで良かった。結構な本数のお酒を空けたので、少しだけ心配していたけれど杞憂だった様だ。
「おはようございます」
「おっはよー。早起きだね」
「準備に余念がないようだね。本当に新人離れしているよ」
「髪を切ったのには驚いたけど、似合ってるよ。なんと言うか、中性的な魅力を感じる」
「ごめんなさい、寝過ごしちゃいました」
アリスは私と同じ時間に起きるつもりだった様だけれど、結局起きられなかったらしい。慣れないお酒で、後半はウツラウツラだったので、致し方ないのだろう。
揃ってしっかりと朝食を取って、最後の打ち合わせに臨む。
「私たちはここで別れ、隣国のダッカラへ向かいます。あちらは亜人の比率も多いと聞きますし、商業国家として人の出入りも多い国ですから紛れ込みやすいと聞いています。村の外には王都から付いて来ている監視が、複数で森からこちらを窺っています。ですので予定通りモーリンとアルテに私たちに扮してもらい、王都に戻ってもらいます」
この計画の要は、いかに監視の目を引きはがして逃げ出すかだ。
そこで、1週間も前から2人には村に滞在してもらっていた。宿で入れ替わることで、監視が馬車に引き寄せられて王都に戻るのを確認できたら、作戦は成功と言えるだろう。
アルテには弓矢を一式渡してある。今回の報酬を兼ねてはいるけれど、アルテ自身がサポートとしての攻撃力を欲したのが大きい。彼女は魔力制御が巧いので、弓にいくつか小物を取り付けておいた。
王宮で譲り受けたオリジナルのアーチェリーを整備し、スコープの画像をメガネの片側に映し出せるように魔術を組み込んだり、射出の反動を風魔法で相殺するバランサーを仕込んだりして、ジョブが無くとも命中精度が上がる様になっている。
この1週間で扱いに慣れたようで、昨晩は仕留めた獲物の話を嬉しそうに語っていた。
モーリン、ナターシャ、ナディには自作の容量拡張鞄を用意した。まだ作り慣れていないせいか、容量的には押入れ1間分くらいの容積しか付与できなかったけれど、前衛職は身軽な方が良いので足しにはなるだろう。
ミラには水タンクの殺菌装置を作ってあげた。太陽光から紫外線だけを透過するフィルターを錬成し、集めた太陽光をフィルターに通して貯水タンク内に当てれば、簡易的な紫外線殺菌装置の完成となる。タンク内に直接当てるので、安全性にも問題ないだろう。
シーアとプリシラには個別に渡す物が思いつかなかったので、お高いワインを用意してある。もっとも、【ワルキューレ】のメンバーに渡した物は共有財産になるのだろうから、個別にこだわる必要も無かったのかもしれないな。
再会を誓って簡単なお別れの言葉を交わした。
アルテとモーリンはフードを被ったリバーシブルマント姿で馬車に乗り込む。遠目から見れば弓を背負ったアルテが私に見えた事だろう。馬車を囲むように馬が寄り添い、昼前には村を出て行く。
宿の中から気配を窺っていると、森に居た監視の全てが馬車に合わせて移動を開始した。
「準備は良いかな? 監視は全て移動したけど、念には念を入れてフードは被ったままでいてね」
「はい、ユーミさん。これからもよろしくお願いしますね」
「うん。こちらこそよろしくね、アリス」
荷の大半を空間収納に入れてあるので、ちょと森まで鍛錬にでもって感じの格好で村を後にして森に分け入る。
ここから隣国までの街道もあるのだけれど、遠回りの上に栄えた町はひとつも無いのでショートカットを敢行する。
ここから、本当の意味での冒険が始まる。




