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王都を出る決断

 勇者たちの訓練が手離れしたのを機に、本格的に馬車の図面を起こし始めた。

 一旦は組み上げて極秘にテストを繰り返した自作の馬車を、子爵の屋敷にこっそりと空間収納(ストレージ)を使って持ち込んでバラバラにする。部品の点数はそれほどでもないけれど、職人が数人がかりで図面に起こして行き、最後に組みつけ図も起こしてもらって一旦は完成となる。

 この後は1週間を目途に各部品を削り出し、再びこの屋敷で組み立てを行う手筈でいる。その時にはメンテナンスの要所を説明すれば、馬車の方も手離れして子爵への貸し借りもひとまずはチャラとなるはず。


「車軸と車輪のつなぎ目は、きれいに磨いた物に傷を入れる必要があるものなのか?」

「きれいに磨いて引っかかりを無くすのですが、磨きすぎると油が入っていけなくなって熱を持ってしまうんですよ。そうすると動きが重くなって焼き付いてしまったりします。細かな傷が有れば、そこに油が染み込んでいって動きを阻害しないんです」

「溝を掘ったらダメなのか?」

「見てください。綺麗に磨いた面に油を垂らすと玉の様に盛り上がりますよね、一方で細かい傷がある方はベチャっと潰れて広がります。こうして満遍なく油が馴染む方が良いんですよ」


 ボールベアリングの技術を教える事は止めにした。さすがに鍛冶屋で作れる精度の物ではないし、定期交換が必要な部位なので安価に仕上げたかった。そこで、軸に油を塗布してあげる方法を取ることにしたというわけ。これなら安くし作れるし、油を定期的に補充するのでメンテナンスを促しやすい。

 多少は地面に油じみが出来るかもしれないけれど、ほぼ砂利道なのだから油溜まりで滑るなんてことも無いだろう。ポタッ、ポタッ、と垂らす程度だしね。


 今回作った荷馬車4台は、冒険者・商業の各ギルドで試験的に運用されることが決まっている。さらに、同じ構造の軸受けとサスペンションを用いた箱馬車が2台作られていて、こちらは宰相閣下と子爵閣下(ギルマス)がそれぞれ日頃の足として使うそうだ。その内に王宮でも使われそうだけれど、その時は王都の職人さんたちに頑張ってもらうしかない。


 ナタリーさんが王都を離れる許可が正式に下りたのは、滞在が1年に達しようかとする頃だった。勇者教育の方が終わっても、宰相閣下や王宮の魔術師などにいろいろと仕事を押し付けられていて、本人も伝手の開拓ができると精力的に動いていたので長い滞在になったようだ。

 約束通り、ナタリーさんを転移可能な森へと送ることになり、私たちはそのまま国を出ることに決めた。


「アリスは本当に私と国を出るので良いの? ヘグィンバームさんは王都に残るよ?」

「はい。私には武器や防具を作ることは出来ないですし、ここで働こうとすると偏見や差別と折り合いをつけなくてはいけないのです。お役に立てるか分かりませんが、魔法も使えるようになったので連れて行ってください」

「安全ではないかもしれないよ」

「ここに居たって安全かどうかなんて分からないですよ」

「そうだね。うん、これからもよろしく。まずは脱出計画を成功させようね」

「はい」


 王都からの脱出計画。それは本来ならば軍に縛られているはずの私が、その影響下から無事に抜け出すこと。今も感じる軍の監視を如何に振り切って逃げるかが、成功のカギになると思っている。

 宰相閣下にもギルドのメンバーにも了承は貰っていて、少なからず手助けの申し出も貰っていたりする。


 まずは最初の荷馬車(キャンピングカー)の処分をすることにした。

 錬金釜やトイレは新しい荷馬車(キャンピングカー)に移設してあるので、見張り台などの架装を外してあげれば普段使いが出来るようになる。購入先であり、新しい荷馬車の車軸作りにも協力してもらった工房に持ち込み、普通の荷馬車に戻してもらう改造をお願いした。それは新たな所有者であるヘグィンバームさんの要望でもあった。

 改造は数日で終わるところを、分解整備もかねて2週間の預かりとしてもらっている。戻しの改造費と譲渡証明等の手続き代金は私が払い、完了の連絡はヘグィンバームさんに行くようになっている。


 ルビーは知り合いの調教師に売ってしまっていた。もちろん買い戻し前提での売却で、今頃は健康促進と体力アップのために遠征に出かけているはずだ。王都に戻ってくるのは2ヶ月先だと聞いていて、その頃には私の足取りなど掴めなくなっている事だろう。


 宿の方は1か月分の宿代を収めてあって、素泊まり料金なので荷の保管代わりによく使われる手段の一つだ。宿側は定期的な清掃に部屋に入るものの、寝具などの交換が無い分儲けが多くなる。冒険者は荷の全てを持ち歩く必要が無いうえに、定宿が満室で利用できなくなるなんてことが起きないので、双方にメリットが生まれるのだ。

 状況が許さずに戻ってこられなくなった利用者の荷は、冒険者ギルドに言えば引き上げてくれる。最悪、死亡の報がギルドに入った場合は即対応するので、宿の不利益はほとんどないと言える。

 とは言え、私の荷は全て空間収納(ストレージ)に保管して持ち歩いているので、空っぽの部屋を借りただけになっている。宿側も荷が無いのは承知しているので、空でも不審には思わないだろうし、期日が過ぎれば即別の客に貸し出すだろう。


 こうして作戦の決行は明日の昼と決まった。




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