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初見せは印象強く

 朝は少し早く起きて、昨晩の残り物スープを温めながらパンを焼く。パンと言っても全粒子を水で捏ね、発酵させずに薄くフライパンで焼くチャパティだ。

 こちらのパンは天然酵母を用いた硬いパンしか見た事が無い。街中では小麦粉を使ったフランスパンっぽいものが主流だけれど、旅に持ち出すのはライ麦を使った更に固いパンとなる。水分が多いとカビやすいのもあるけれど、空洞が少なく詰まっていれば少量でお腹も満たされるし荷も少なくて済む。


「朝からマメだねぇ」

「あの硬すぎるパンはどうも好きになれなくって。これなら具材を挟んでおけば片手で摘まめますし、火があるうちなら捏ねて焼くだけですから」

「んー、話し方。もっとざっくばらんで良いからね。確かに私らの方が年上だろうけど、キャリアとかランクとか、いろいろと上下関係なんて変化するから気楽で大丈夫。まぁ、貴族様相手とかだったらちゃんとしなきゃだけどね」

「はい、ありがとうございます」

「んもー。まぁ、追々ね」


 パンを焼いているのは、実はパンの好みの話だけではなかった。私の馬車には列ができていて、女性陣が備え付けのトイレを使っているのだ。

 旅に限った話ではないのだけれど、街から出てしまえば公衆トイレなんてものは無いので、その辺のチョット見えないところでお花を摘むことになる。慣れてくれば羞恥心も薄らいでくるけれど無くなるわけではない。

 街中は公衆衛生の面もあって、どの建物にも浄化機能付き共同トイレの設置が進んでいる。主なトイレは攻撃性のない小型のスライムを入れてあって、排泄物の処理をさせている。高級な宿など部屋毎にトイレがあるところなどは、水洗になっていて流れ着いた先にスライムを大量に放してあるなんて所もあるらしい。個々で下水処理場を持つと考えれば良いだろうか。

 私の馬車には便座のある洋式風のトイレを備え付けてあって、スライム式の処理構造を持たせてあったので、女性陣に限って開放していた。そんな訳で、いつまでも馬車で寝ているわけにもいかず、こうしてパンを焼くことで外にいる理由を作っている。

 ちなみに、馬車を改造してもらった工房でも驚かれたくらい、トイレ付などと言う馬車は普通ではない仕様らしい。逆に私は、和式の様にしゃがむ事に慣れないでいる。こればっかりは現代人の宿命かもしれない。


 スープ主体の朝食で目を覚まして出発し、途中の休憩タイミングで各々食事を取るスタイルで旅は続く。昨晩ご一緒した商隊は王都に向かって行ったので、昨日と同じ隊列で進みつつ私は見張り台に登って監視に当たる。

 そんな旅の2日目。草原から森の脇を抜ける山間の場所で、初めて魔物の襲撃を受けた。


「ミラさん。右手の森の中に10匹くらいの気配があります。距離は300mくらいですが、こちらに向かってくる動きが早いです」

「この辺だとパンサー系かな。森から出てきたら各個撃破だね。馬車は止めないからよろしくね、シーア」

「プリシラが一発かましたら、馬をよろしく」

「魔石は取りますか?」

「取らない。価値は高くないし、時間をかけてしまって他を呼び込んだら面倒」


 後ろに向かったシーアさんと入れ違いに上がってきたナディさんに確認して、問題なさそうなので見張り台から飛び降りて弓を構える。揺れが精度に影響するわけではなくて、自身を餌に馬車から引き離すためだ。


「ちょっと! え?」


 ミラさんが驚いて声を上げたけれど、森から飛び出た瞬間に狙いを定めて矢を連射で3本射る。見えていた先頭集団は4匹いて、手前を残して3匹を射抜くと残り1匹の敵意(ヘイト)がこちらを向く。想像通りに先頭の敵意(ヘイト)が向いた私に向かかって後続の進路も変わる。低級の魔物は攻撃対象から目をそらさないので、木立に隠れようが頭の半分以上は常に晒していて進路を把握しやすい。

 先頭の行き足を止めるように地面へ矢を放ち、残りの6匹が森から飛び出すのを特殊な矢を引き絞って待つと、団子状に飛び出してきた。最後尾が飛び出すタイミングで特殊矢をその頭上に放ち、続けてその矢の膨らんだ先端を射抜く一矢を放った。


「ビシャッ! ボフッ!」


 先端を破壊された特殊矢からまき散らされた液体が、駆け寄るパンサーに満遍なく降りかかり、魔物自身が纏っていた放電魔法の火花で引火、盛大な火の玉になって悲鳴のような鳴き声を上げた。

 突然の炎に躓き転倒するパンサーたちは、そのまま薬品を浴びなかった1匹を残して丸焦げになって息絶えた。

 仲間を全てやられた先頭のサンダーパンサーは仲間を焼く炎の熱量に、行き足を緩めさせられた私から注意が完全に外れる。その隙に残り7歩を駆け寄って、首筋に短刀を突き立てて駆逐を完了した。


「えっと。魔法じゃ、ない、よね?」

「えぇ。終わりましたから、後ろに乗せてってもらえますか」

「ど、どうぞ。遠慮せず」


 商隊は少し行ったところで止まってくれていて、最後尾の馬車には杖を構えて固まるプリシラさんが見える。魔法はキャンセルしたのだろうか。

 手を引いてもらって馬の後ろに乗せてもらい、馬車の所まで連れて行ってもらうと、困惑や驚愕を浮かべた目が迎えてくれた。


「可燃性の液体を浴びせただけですよ。火種は向こうが持ち合わせてくれていたので、手間が省けて助かりました」

「さすが、伊達に二つ名を持っている訳ではないと」

「【豪炎の魔王(フレイムデビル)】ってやつですよね。実力をお見せする丁度良い機会でしたので。ご期待に応えられたでしょうか?」

「「「「……」」」」


 商隊のメンバーからは答えを聞けなかったけれども、少しは怯えてくれたようなので効果があったと思う。不埒な考えは起こそうとも思わないだろうし、遠距離攻撃だけでもないことも最後の一撃で分かってもらえただろう。


 自分の馬車に上がって促せば、何も無かったかのように隊列は進み始める。

 皆の視線が無いのをいい事に、ポーチから取り出したマグカップに冷たい水を出して飲み干した。少しアルコールが欲しかったけれど、まだ哨戒を続ける必要もあるので我慢した。




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