Side 真柴香織
私には最近になって存在を知らされた従妹がいる。
なんでも父の妹は男漁りが激しく、遊んだ末に孕んだ子供を使って金持ちの外国人に嫁いだそうだ。生まれた子供がハーフらしい容姿だったので問題にはならなかったが、夫婦そろって若い男に刺殺されたと聞いた。その男は叔母の容姿が良い事に目を付け、強姦目的で押し入ったうえで犯行に及んだらしい。因果応報だと、父が吐き捨てるように言っていたことを覚えている。
当時2歳にもならない従妹は、不憫に思った祖母の所に引き取られたが、彼女が高校に上がる直前にその祖母も他界した。父が相続した祖母の家は広く快適だったけれども、なぜか彼女は当然のように居座っている。施設にでも入れてしまえばいいのに、世間体がどうのと父が仏心を出したのが拙かったのだろう。
彼女の居場所は母と私で取り上げていった。長くたって3年もすれば追い出すのだし、虐めを受けているらしい高校を中退するようなら、住み込みで働くようなところに追いやってしまえばいいと考えた末の行動だった。
それなのに、なぜ。どうして私がこんな、ゲームの世界に取り込まれなければならないのだろうか。
勇者だとか適性が高いだとか言われたけれど、それだったら待遇をもっと良くすべきで、連れてこられた者だけを隔離するがごとくまとめる必要などないではないか。天葢付きのベッドが備わる個室に、頼りがいのあるイケメン護衛騎士が付くべきなのだ。
戦うためだと剣を与えられれば、その才能はすぐにも開花する。なるほど、男子たちが騒いでいるゲーム世界のなにものでもない。だったら最年長者として好きにさせてもらい、早く元の世界に戻ろうではないか。戻れないのなら、死に戻るまで逆ハーでも構わないから楽しみたい。
そう思ったから都合の良いメンバーを集めてPTを組んで、モンスターだろうが人だろうが、切って、切って、切り刻んでやろうと意気込んだ結果、余りものPTなんて眼中にないほどに強くなった。
そうだ。私は元の世界に戻って幸せになり、アイツを蔑んであざ笑ってやるのだ。
居候に甘んじる厄介なアイツに、底の無い苦渋の人生を送らせるのだ。生きているのが辛いほどの失意を与えるのが、父の、母の、私のささやかな願いなのだから。
それなのに!
強くなった矢先に、あの女が目の前に現れた。
いけ好かない従妹そっくりのその女は、冒険者ギルドの有望株だと言う。従妹本人ではないかと講師役の女に問いただしたが、ギルド登録時には素性が晒されるのであり得ないと笑われてしまった。ならばアレは、私の憂さ晴らしに用意されたキャラなのだろう。私のために存在する、NPCとか言うくだらない存在だ。
同行者の目を盗み、裸にひん剥いたあの女を盗賊に差し出すにはどうすればよいか。グチャグチャに犯されたあの女に、唾を吐いて笑ってやったらさぞ気持ちも晴れるだろう。そう思っていたのに、夜になるとパーティーメンバーの新庄が最初に味見をしたいからと離れていった。どうやら他の男共とじゃんけんをして勝ったそうだ。それなら、今晩のうちに抱き潰すなりくびり殺すなりしてくれれば面倒もなく、溜飲も下がるだろうと見送ったのだけれど当てが外れた。
無様にも新庄は、アレに火を点けられて瀕死の重傷を負った。一命は取り留めたが見るに堪えない姿に、ゲーム世界の理不尽さを感じて怒りを覚えた。死に戻ることを許さずに醜態を晒される、惨めな設定などあって良いものではない。
監視を受けながら王都の兵舎の戻された私たちに、監督役のキャラが溜息交じりに告げた言葉が私達を茫然自失に追い込む。
「お前たちは我々の被害を最小限に抑える駒であり、前線で振るわれる兵器でしかないのだ。何を勘違いしたのか知らぬが、貴様らが我々と同等以上の立場に立つことはあり得ぬ。だからこそ頭数が欠けぬように食事には避妊薬を混ぜ、種など残さぬように隔離していたというのに、外に出した途端にこのざまか。多数の役立たずを始末した矢先に貴様らの行い、まったくもって今回は大ハズレだった」
あれから1週間が経って、悪さをしないように切り取られた男たちが訓練に復帰してくる。既に討伐クエストから戻ってきているはずの、余り物PTのメンバーとは一切会わせてもらっていない。彼らは戻ってこなかったのだろうか、それとも私達だけが罰を受けているのだろうか、すでに知る術もない。
「君らの処遇が決まった」
復帰する男たちと共に現れた監督役は、私たちに侮蔑の視線を向けながら宣った。
「1か月後には国境線を超え、部隊を進める事になった。その最前線に君らを配置することになったので奮起するように。君らに許される自由は1つだけだが解るかね? それは自死のみだよ。ここには戻ってこられないだろうが、できるだけ盛大に敵意を集め、我が軍の被害を肩代わりしてくれたまえ」
なぜ私が死ななければならない。なぜあの女より、なぜアイツより先に。
憎い。この世界のすべてが憎い。あちらに未練を残させた神が、憎い。
だから死んでなんてやるものか。たとえ悪魔に魂を売り渡すことになってでも、私は全ての者に復讐してやると誓った。




