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負わされた者と負う者

 顔から上を燃やしてやった。そこまでする必要があったのかと言われれば、過剰防衛だと認めざるを得ない。それでも獣に落ちてでも尊厳を踏みにじろうとした行いは、到底許すことが出来なかった。


 私の両親は私が赤ん坊のころ、押し入った強盗に殺されたのだと教えられた。

 父はイギリスの有名ブランドの銀座支店長を任されていて、傍から見たら羽振りが良く見えたのだろう。母は綺麗な顔立ちで、若くして結婚して私を生んだものだから、独りで歩いているとナンパされることも多かったと祖母から聞いて育った。

 記憶に無いとはいえ、私を生み慈しんでくれた自慢の両親だ。


 そんな両親を最初に侮辱したのは、引き取ってくれた母の兄だった。


「お前の母親はな、誰にでも股を開くふしだらな女だった。その挙句に嫉妬した男に犯されて殺されたんだ。お前の父親もいけ好かない男だった。ブランド物をこれ見よがしに身に着けて、慎ましく生活していた俺たち家族をあざ笑っていた」


 衝撃的な言葉だったけれど、私を嫌々扶養することになって、祖母と暮らした家が自由にならない腹いせに嘘を言っているのだと思っていた。

 だけれど、犯人の手記を見せつけられて愕然とした。

 母の体目当てに押し入った犯人は、騒がれたのでめった刺しにした。泣きじゃくる私を庇い虫の息だった母を尻目に、金品を漁っているところに帰ってきた父をも刺し殺した、と書かれてあった。


 盗品から足がついて掴まった犯人は、当時未成年だったこともあって少年院に入っただけで名も明かされていない。すでに出所したらしく、おそらく何食わぬ顔で幸せに暮らしているのだろうと思うと怒りで我を忘れそうになった。

 なにより、血のつながった妹を言葉によって辱めたあの男と、一緒になって私を貶した伯母や従姉をいつか見返してやるのだと、それだけを糧に歯を食いしばって生きてきたのだ。


 だから私の尊厳を踏みにじろうとしたあの獣は、虐めを見て見ぬふりをしたことを除外したって相応の報いを受けてもらわなくてはならない。

 あちらでは加害者を守る法があるので、被害者は気持ちを踏みにじられようが我慢するしかない。でもこっちの世界ならば、理にさえ則っていれば力を行使して裁ける。力さえあれば泣き寝入りなんてしなくてもいいし、被害者を増やさないように動く事だってできる。だからこそ私は非情な女だと言われようが、弱き者のために力を正しく振れるようになりたいと思う。


 ゴタゴタによって見張りは免除されたものの、最初に言われた時間に起きて見張りのまねごとをして夜明けを迎えた。ちゃんと眠れたし、精神も安定していて不都合など無い。

 香織たちのパーティーは王都に戻ることになり、男2人が新庄を担いで徒歩での移動予定だったけれど、中を牢屋に改造してある荷馬車を1台、彼らの帰還に引き当てることになった。こっそり聞いた話では、途中での逃亡などを防止する観点での判断で、騎士が2名同行しての馬車移動となったわけだ。

 可哀想なのは残されたパーティーだろう。荷馬車が減ると言うことは、生きて連れて帰れる盗賊の数が減ることを意味していて、必然的に殺して回らなければならないのだから。


 残された5名は、やはり私に対して脅えがあるようだった。昨晩のアレを見せられれば致し方ないのかもしれないけれど、これから人を殺しに行くには気弱すぎやしないかと心配になってしまう。

 そんな中、朝食時間でもある最初の休憩で話しかけられた。


「えっと、ユーミさん。少し良いかな」

「食べながらで良ければ」

「あの、私、水島裕子(みずしまゆうこ)って言います。ユーコって呼んでください」

「ユーコさんも、私が怖いんじゃないの?」

「少し。でも彼は自業自得だと思うし。もし私が標的だったらと思うと、早めに不埒な男だと分かって少しホッとしている。帰された人たちと仲が良いわけではないけど、一応仲間? だから謝ろうと思って」

「気にしないで。これから討伐する獣は、あなた達(渡り人)からしてみれば私の仲間(異世界人)なのだから、謝罪を受け入れたら私の方が何倍も謝らなくっちゃいけなくなるもの。それより、ユーコさんのパーティーは大丈夫?」


 何を、はあえて言わなかったけれど思うところはあったようだ。


「人を傷つけることは、正直怖い。他の皆もそうだと思う。でも、そうしなければ生きていられないなら、頑張るしかないかなって。服部(はっとり)君って剣士の子がね、ちゃんと軍人さんの言うことを聞いていないと、僕らだって殺されちゃうんだぞって言うのよ」

「あなた達は、魔族との戦闘では最前線に投入される、と聞いている。そこで生き残るには、相応の力と覚悟が必要だと思うよ。だからどうしてもって時は、私たち冒険者を頼りなさい」


 ギルドの情報では、ここ数年は魔族の侵攻は小康状態が続いているらしく、ナタリーさんもそれを肯定している。もっとも、数年以内には王国側が侵攻を再開するのではとの危機感が高まっているのも事実だった。そのための勇者召喚なのだろうけど、他力本願が過ぎるとも感じていた。

 今はまだ自分の事で手一杯だけれど、余裕が出来るようなことが有れば彼女らに何かしらの援助がしたい。責任を免れてしまった罪滅ぼしを兼ねてだけれど、そう思い至ってしまった。




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