聖騎士の炎上事案
深く寝入る前に人の気配で目が覚めた。警戒用の魔具を目覚まし代わりに設置していて、そこに引っかかった者がいる。と、突然口を塞がれたので目を開いて睨みつける。思いのほか近い所に男の顔があって、小声で話しかけてきた。
「静かにしてくれるかな、仙波さん。なんで君はこんな所にいるんだい」
男は新庄裕也だった。聖騎士が夜這いだとか、冗談でも勘弁してもらいたい。
手首をつかんで口を塞いでいた手を退かし、他に人が居ないか気配を探るが単独行動のようで少し安心した。複数で来られたら対応に窮してしまうところだった。
「誰かと勘違いしているのでは? 私の名はユーミ。あなた方と同じようにギルドランクを上げるため、このクエストに挑戦中の冒険者なのですが」
「嘘は良くないよ。君の姿はよく目にしていたし、従姉だと名乗る女性も間違いないと言っているんだよ。いくら虐められたのが堪えたからって、普通こっちの野蛮人になろうなんて思わないんだけどね。NPCに溶け込むなんて愚の骨頂だね。それとも僕らが勇者に選ばれ、君は選ばれなかったから拗ねているのかな」
「私の名はユーミ。依頼があれば勇者のサポートも仕事として熟しますが、拗ねるとかの意味が解りません」
「なるほど、君は僕らを試すためのNPCだったと言うことか。見栄えが多少いいだけの中身の空っぽな女だというのなら、ゆっくりとその体を味わうことにしよう。後衛特化の弓使いだものな、前衛職の俺には手も足も出ないだろ。あぁ、君の番の見張りは俺が変わってやるよ。その時間はほかの連中を楽しませてやってくれ。溜まっているのも居るから朝までに終わるかの保証は、出来ないけどね」
新庄は少し体を起こし、右手を私の皮鎧の下に潜り込ませた。私の胸を揉み、キスでもするつもりなのか顔を近づけてきたので、籠手の固い部分を使って横面を殴りつける。反撃されるとは思っていなかったのか、籠手が顎にクリーンヒットして転がした隙に、飛び起きて空間収納から燃焼系の液体を取り出し奴の顔に浴びせる。火を被らないように2歩下がって、容赦せずに火種を飛ばして着火してやった。
「ッン!ギャーーーーーー」
ボフン、と燃え上がった炎が新庄の顔を焼いて行くのを、悲鳴で飛び起きた者たちが固唾をのんで見守る。粘度が高い液体なので、叩こうが払おうが消える様子はなく、逆に手などに燃え移ってゆき異臭を放ちだす。顔や髪を焼き尽くしたところでナタリーさんが魔法を使って火を消してしまった。しぶとい事にまだ息があったけれど、ヒューヒュー喉を鳴らしているので、炎を吸い込んだのかもしれない。喉が焼けているならば、声を出すことは出来なくなるだろう。
「なにが、あった」
ジークさんから問われたので、皆にも聞こえるように事の次第を語った。
「それでですね。体に聞いてやると胸を揉まれたので、殴りつけて火を点けたというわけです。前衛職にナイフ1本では分が悪いからですが、正当防衛として問題ありますか?」
「いや、無い。しかし王宮の推薦だと聞いていたんだが、とんだ犯罪者が混じっていたものだな。どうせだったら殺してしまえばよかったんだよ。そうすれば君はクエストをクリアして、街に帰ることが出来た。我々も犯罪者に同行すること気はないので、君の護衛がてら戻れた」
すると馬車から降りてきた香織が横やりを入れてきた。
「一方的な証言だけを鵜呑みにするはおかしいでしょ! 彼を早く治療してあげてよ! 死んじゃうじゃない!」
「そっちにも治療師はいるのだから、君らで治療してやればいいだろう。特に邪魔などしないぞ。ただ、ユーミは最初からここで寝ていた。その男が不用意に近づいたことは、間違いようのない事実だと言うことは理解してもらおうか」
結局、稲葉妙子の治癒魔法では火傷の進行を止めるのが精いっぱいだったようで、ソランさんは当然ながら治療を拒否。致し方無いとナタリーさんがポーションを振り掛けて簡易的な治療を済ませた。もっとも低級のポーションなので、皮膚は爛れたままだし髪が焼け落ちているのは治ることはない。そして時間がたってしまえば、最上位の治癒魔法でもかけない限り元には戻らないはずだ。
お目行け役の騎士はと言えば、余計な手間をかけさせるなと言わんばかりに新庄へ手枷をはめ、鉄格子の嵌った馬車に放り込んで追及をかわそうとするが、香織は構わずに突っかかってくる。
「新庄君に謝んなさいよ、真由美! カースト底辺の女が粋がっているんじゃないわよ!」
「どなたか知りませんが、私は冒険者のユーミ。あなた方に会うのは今回が初めてのはずですが?」
「そんなわけないじゃない! お前は仙波真由美よ! そこの野蛮な男も体で懐柔したんでしょ!」
「やめないか!!」
お目付け役が怒鳴り声をあげて香織の言葉を遮った。そして私たちに頭を下げた。
「どうやら、体を許した男の1人がこんなことになって、気が動転しているようだ。彼女の属するパーティーは引き返させるので、穏便に収めてもらえないだろうか」
「侮辱に対して収まらないものもありますが、これ以上の被害が出ないならば私は構いません」
こうして翌早朝、香織を先頭に新庄を担いだ戸隠翔太と大石省吾、稲葉妙子が離脱した。後にナタリーさんから聞いた話では、香織は有力なメンバーを抱え込むために、体を許して強引にパーティーを組んだらしい。本当に節操のないお嬢様だ。




