最悪の再会を回避する
宿に着くと受付で手紙を受け取った。差出人はナタリーさんで、今晩時間が欲しいとのことだった。遠出前には会えないと思っていたので、躊躇いもせずに速達で返事を届けてもらった。
夕食共にと宿の食堂で席を設けて待っていれば、少し人目を気にするように入ってきてテーブルに着くナタリーさんに、少しの警戒感を抱いてしまう。
「何か気になる事でもあったのですか」
「明日の事で少しね。ユーミは明日のDランク昇格試験、討伐クエストに行くので間違いはない?」
「えぇ、急遽でしたが参加します。【銀翼の剣】メンバーが付き添いで、受験者は11人だと聞いていますけど」
「あなたの他に受ける10人は、今回召喚された渡り人よ。私も王宮側の付き添いとして同行するよう指示されているの。その、因縁のある人が混じっているのでしょ?」
因縁のある者と言えるかは分からないけれど、こちらに溶け込むには障害になりそうな者が確かにいる。知らぬ存ぜぬ、を通せるものかはその場になってみないと分からないので、用心に越したことはないだろう。
「教えてくれてありがとうございます。彼女たちの事は知らない振りをしますが、ナタリーさんとも最近知り合った顔見知り程度にしておいてください。ところで、ギルドは私を疑っているのでしょうか」
「アスターシャとは旧知でね。顔見せの時に少し話したんだけど、あなたの事を有望株だって褒めていたわ。当然、今回の討伐メンバーにねじ込んできたギルドにも何か思惑は有るでしょうね」
「ヘイルさんには弓の腕前について聞かれました。正直に渡り人が持ち込んだ弓を参考にした物が使いやすかった、とだけ伝えてあります。こちらの工房で譲り受けたことも」
「ヘイルは表向き買取鑑定の担当だけれども、副ギルド長であり本店責任者よ。王都冒険者ギルドのギルドマスターは、宰相閣下の腹心を務める子爵が代々請け負っているの。Bライセンス以上には王国からの強制依頼が行えることもあって、王宮とのパイプを持っていると言えばいいのかしら」
上は上でいろいろな柵が多くある様で、猶更ギルドにも王宮にも目を付けられないようにすべきなのかもしれない。いや、今回は逆に目立った方が渡り人とは距離を置けるだろうか。
「私のいた世界は平和でした。ここの様に魔物がいるわけでも武器を持ち歩くでもなく、当然ながら人を殺すなんてとんでもない罪だったんです」
「分かるわ。あの子たちも最初はゲームだなんだと騒いでいたけれど、ゴブリン狩りをさせたとたんに半分方が使い物にならなくなったの。聞く限りは、命を奪う事に物凄い忌諱を抱いていたわ」
「ですね。私も多少ありましたけれど、こっちで生きていくと決めた時にこの世界の理に従おうと腹をくくりました。だからか人を殺すことにも、多分躊躇いはしないと思います。正当防衛だと思うので。だから、そういったメンタルの面から違うのだと知らしめようと思います」
日本は正当防衛のために武器を持つことは無いけれど、アメリカなどの銃社会では身を守るためには躊躇わずに引き金を引く、と聞いたことがある。内戦状態の国なんかだったら猶更だろう。殺るか殺られるかなら、躊躇いは死に直結してしまう。そこに倫理観など持ち出していては命がいくつあっても足らない。
だから明日からは、躊躇う事無く獣を沢山狩ってやろう。
翌早朝、冒険者ギルドの本店の酒場に顔を出せば、アスターシャさんが手招きしてくれた。ここで夜を明かしたわけではないのだろうけど、テーブルの上にはジョッキやつまみが並んでいる。揃っていた【銀翼の剣】メンバーと挨拶を交わし、頼まれてワインのソーダ割を作って振舞えば、飲み切ったのを見計らったようにナタリーさんたち王宮組が現れた。
総勢十五人の団体さんは慣れない場所に戸惑いながらも、リーダーのジークさんに挨拶を済ますと急かす様に外へと誘う。
顔を晒している私に幾人かの視線を感じたけれども、全てを無視して【銀翼の剣】の後について外に出た。向こうから声を掛けてくるとすれば、休憩や宿泊地だろう。それまではガン無視で構わないはずだ。
ギルド裏には荷馬車が3台用意されていて、行商人と護衛冒険者で構成されたキャラバンとしてターゲットに近づく予定だ。先頭の荷馬車は冒険者の荷と私が乗り、残りの荷馬車には王宮組が分かれて乗り込み、【銀翼の剣】メンバーは其々の各荷馬車に分乗した。
荷馬車の御者台は広く大人が3人並んでも余裕があって、御者を挟んで冒険者が座って警戒に当たった。もちろん私の冒険者の端くれとして御者台の左側に座り、右側にはジークさんが座っている。ジークさんは遠目の魔術を使って警戒に当たるというので、私も使えることを伝えて一緒に警戒に当たっている。
出発して3時間ほどで最初の休憩となった。街道から少し外れて馬車を止め、個々が好きに休憩に入る。私は御者台から降りて体をほぐし、日陰に入って朝食替わりにナッツとドライフルーツを食べておく。
大半の人にとっては遅めの朝食時間になる。こちらで日に2食で済ます人が多いのは、明かりを灯す魔石が高価なこともあるのだと推測する。植物油が普及する前の日本もそうだったと、歴史の時間に習った覚えがあるので、当たらずも遠からずと言ったところだろう。
後ろの荷馬車からは渡り人が降りてきて、うち3人がこちらに視線を向けながら話し込んでいる。やはり心配事は当たってしまったようで、従姉の香織がその真ん中に立っている。そこにナタリーさんが混じって、微かに彼女の笑い声が聞こえてきた。
結局のところ渡り人からは話しかけられることもなく、無事に休憩を終えて馬車に戻った。




