満足できる相棒
弓を扱っているお店に紹介してもらいながら渡り歩き、4軒目に行き着いたのは工房だった。
工房を覗けば大小さまざまな弓が壁際に並び、作業台の上にも作りかけだろう弓がいくつか置いてあった。人影は無いけれど、裏手で矢を射る音がしている。
「ごめんくださーい。弓を見せていただきたいのですがー、お留守ですかー」
「おーう。ちょっと待っていてくれ」
どうやら裏手まで声が届いたようで、野太い声で返事があった。
奥から現れたのは背は低いがガタイの良いおじさんで、ラグビーかアメフトの選手ではと思える体格だった。ファンタジーのお約束、ドワーフなのかもしれない。
「どうした、お嬢ちゃん。修理か?」
「いえ。少し性能の良い弓が欲しいのですが、お店には何処にも置いていなくって。紹介の紹介でここに辿り着いたって感じです」
「今使っているのを見せてみな」
担いでいた弓を手渡すと、一目見ただけで「駄目だこんなの」なんて言われてしまった。そんな事は解っているから、こうして歩き回っているのだ。
性能もさることながら、引きすぎた事による僅かな破損もあるとの事で、早々に買い替えることを言い渡された。
「裏で試射ができる。いくつか置いてあるから試してみると良い」
「ありがとうございます。冒険者をしているので、魔物も倒せるくらいの弓が有ればよいのですが」
「アホか。ゴブリン相手だって射ている間に接近されて終わりだ。悪い事は言わないから得物を変えな」
「その弓で射殺せましたよ、ゴブリン。一撃で仕留められますけど」
怪訝な顔をされたけれど、嘘は言ってはいない。距離まで話せば与太話だと笑われそうだったので、詳しくは言わないでおく。
連れて行かれた工房裏は、200mほどの奥行きがある練習場になっていた。
「お嬢ちゃんのジョブは?」
「射撃名手って聞いたことあります? どうやら、弓名人や狙撃手の上位職らしいんですけど」
「ほっ! 噂では聞いたことはあるが、実在するとは知らなんだ」
道具選びに嘘はまずいと片方だけを告げれば、どうやら業界でもレア中のレアだった様で驚かれてしまった。それでも、おじさんの目つきが変わったのは良い傾向だろう。
少し思案した末に渡してきたのは少し大きめのシンプルな弓だった。言われるがまま強めに引いて打ち出せば、奥の壁にあった的の中心をちゃんと射抜けた。
「ソレでアレを当てるのか。どこまで飛ばすか見たかっただけだがなぁ。嬢ちゃんの理想は?」
「500m先のゴブリンを、一撃で倒せるくらい? ですかねぇ。あ、予算には限りがあって、大銀貨3枚がギリギリ出せるくらいです」
「ホラでなく、当てる自信が有るってか? 出来るってなら、とんでもないジョブ補正だなぁ」
実はこっちの世界にもクロスボウがあって、射程はそっちの方が長いらしいのだけれど、私には向かない代物だった。いちいち器具を使って弦を引く必要があるために速射が出来ないし、持ちスキルの恩恵が受けられないために弓より劣るのだ。
弓で500mは正気の沙汰ではないと言われそうだけれど、あえて当てられるかに言及したということは、秘密兵器的なものがあるのだろうか。
「ほれ、これを使ってみな。今、奥の壁を退かしてきてやるから」
一旦工場へと戻った親方(?)が変わった形の小振りな弓を持って戻ってきた。シルエットは竪琴のようだったけれど、渡されたそれは弓の両端に滑車が付いていて、弦が複雑に張ってある。アーチェリーの弓をひしゃげたらこんな感じになるのだろうか。
何度か引き絞ってみると独特の感触があって、不思議としっくり感じるそれを刻んで奥を見れば、凡そ400mは離れていそうな場所に的があった。かなり小さく見えるが普通の的と変わらないサイズのはずだ。
「いきますよー」
声を掛けてから慎重に1射を放つ。と、微かに的が揺れて当たったことが分かった。続けて4本の矢を射て、的に向けて歩き始める。ほぼ全てが中央に当たっている事は見て取れたけれど、的近くにいるおじさんに感想を述べたかった。
「これ、すっごく使いやすかったです。試させてくれたって事は、大銀貨3枚で買えるってことですか。それだったらぜひ欲しいんですけど」
「持っていけ。金は要らん」
なぜと問うたら、十数年前に呼ばれた勇者の持ち物を模した試作品だという。その勇者は元の世界では競技として弓を使っていて、その弓を持ってこちらに呼びこまれたそうだ。戦闘に使えば劣化も激しく、同じ素材を揃えることが出来なかった王宮は、各工房に対して同等以上の試作品を作らせたそうだけれど、納得してもらえる物にはならなかったらしい。
この弓はおじさんが何年も改良を重ねてきた物らしく、すでにその勇者は戦死してしまっていて使う者も試す者も居ないのだそうだ。
「だったら、私が実際に使わしてもらいます。それで改良点を伝えますので、一緒に完成品にしていきましょう。そしたら、おじさんの工房で製品化して売り出せますよね」
「名はヘグィンバームだよ、嬢ちゃん。そうさな、試作した部品なんかも有るから全て渡してやるよ。それらを組み合わせて嬢ちゃんが完成させな。新しい部品が欲しければ最優先で作ってやるから」
「ユーミって言います。駆け出しの冒険者ですけど、素材とか必要なものが有ったら取ってきます。だから、これからもよろしくお願いします」
結局それから3日をかけて満足のいく組み合わせを見出し、予備としてもうひとつ組み上げてもらった。お代は要らないと言われたけれど、アドバイス料と練習場の使用料名目で大銀貨1枚を受け取ってもらう事で双方が納得した。




