飛ばされたみたい
投げ出されるように地面を転がって、立ち木にぶつかって止まった。
体中に痛みを感じはするけれど、バスに突っ込まれて弾き飛ばされたにしては軽度の痛みに、痛みすら感じにくくなるほど重症なのかもしれないと絶望感を覚える。
「あの……。大丈夫ですか?」
既に耳も遠くなっていて周りの音が聞こえないのだと思っていたら、すぐ後ろからハッキリとした問いかけをされてビックリして目を開いた。
俯せの態勢で目に映るのは枯葉の積もった地面と木の根で、街路樹にしては枯葉の積もり方が異常に多い。小利根駅の周辺は開発も進んでいるので、こんな場所など当然ながら在るはずもない。
「巻き込んだのなら、ごめんなさいね。あの、擦り傷とかが痛そうだけど、言葉が通じないのかしら?」
擦り傷がって事は、手足がトンデモナイ方向を向いているとか潰れているとかは無いのかもしれない。恐る恐る手足を動かしてみて、ゆっくりと体を起こしてみる。
軽い打ち身はあるようだけれど、思いのほか軽傷のようでペタンと座り込んで辺りを見回せば、思った通りの森の中で頭が真っ白になって言葉も出ない。
「渡り人のようだけど、やっぱり言葉が分からないのかしら」
そう言えばさっきから声を掛けてくれている人が居たなと、後ろを振り返って思わず眉間に皺が寄ってしまった。なにしろそこに立っていたのは、コスプレしたおばさんだったのだから。何かの罰ゲームか自主作成ビデオの撮影現場だったのか、着古した感じのローブに革のベルトを締め、フードの付いたマントに革靴姿のアラフォーはかなり痛いと思った。
「あの、はい、聞こえています。えっと、あちこち痛いですけど大丈夫そうです。ごめんなさい、撮影の邪魔ですよね。私バスに轢かれたと思ったんですけど、駅ってどっちへ行けばでられますか?」
「サツエイ? バス? エキ? とりあえず落ち着いてね。まず治療をしたほうが良いでしょうから、これ飲んで。中級ポーションだから、傷も痛みもたちどころに良くなるわ」
「ポーション? 傷薬を飲む?」
「向こうには無いのだったかしら? 傷も病気も、軽いものならこれを飲めば治るのよ。さぁ、遠慮しないで飲んでちょうだい。お金を取ろうなんて思っていないから」
差し出された試験管を満たす薄水色の液体は、コポコポ気泡が出ているので駄菓子屋の炭酸飲料のようだった。飛び入りエキストラとして撮影が続いているのならば、素直に飲んでしまって道を教えてもらったほうが良いだろう。まさか撮影の邪魔をしたからと言って、腐ったものなど飲まされることはないと信じたい。
「あの、いただきます」
受け取ってゴムっぽい栓を外して一気に煽ると、炭酸っぽさはないものの僅かな苦みと鼻に抜けるハーブの香りが妙にリアルに感じた。そして、飲んですぐに痛みが引いたのに驚いて膝を見れば、血が滲んでいた擦り傷が無くなっている。もっとも血はそのまま膝を濡らしてはいたけれど、袖口で拭えばケガなど最初からしていなかったように綺麗な肌が現れる。
「えっと、なぜ? 特殊メイク、とか?」
「治ったわね。頬っぺたの傷も無くなっているわ。大丈夫なら立って付いて来てもらえるかしら」
広い通りに案内してもらえるのかと思えば、数歩先の開けた場所で立ち止まった。そこには中身をぶちまけた私のバッグが落ちていた。
「これ、あなたのよね。見た事もないものが多いし、あなたの格好も見た事が無い物なの。それなのに言葉は通じているって事からすると、渡り人で間違いないと思うのだけれど、違っているかしら。あっ渡り人っていうのは、マーセラと言われるこの世界の外からやってきた人の事よ」
「えっと、まだ撮影が続いているってわけ、ではないよね……。私は仙波真由美と言います。ここは何処なのでしょうか」
この期に及んで非現実的だからと言って逃げているわけにもいかず、現状を把握することにした。ラノベの世界かって思わなくもないけれど、そんな下地があるからなのか受け入れてしまっている自分に苦笑いを浮かべてしまう。