幕間 とある聖女の事情
私の名はレミ。【神託】のスキルを保有していた為、去年まで巫女候補として神殿で働いていた。
今は、何故か聖女として崇められている。
どうしてかと言えば、理由は明確。本来【神託】スキルは女神様から与えられる特殊なスキルで、スキルレベルが上がるチャンスは10年に1回。
【神託】で授かる試練を無事に突破する事でレベルが1だけ上昇する。そして私は2年ほど前に無事初めての試練をクリアした。
クリアしたんだけど、通常1レベルしか上がらないはずの【神託】レベルが2上がったんだ。
それを知った途端、神殿関係者は上を下への大騒ぎ。あれよあれよと言う間に聖女に祭り上げられ、ここデグモの国での総本山があるオーシャの街に異動となった。
護衛として【神託】を達成するのに協力してくれたリョーマが言うには、2柱の女神様からの【神託】だったらしく、両方の女神様がレベルを上げてくれたそうだ。何でそんな事を知ってるのか聞いたら、笑ってはぐらかされたけどね。
弟のソラも一緒に来て、今は神殿騎士になる為の勉強をしている。私達兄弟は既に両親が他界しているので、せめてソラが成人するまでは私が面倒を見ようと思ってる。
もうすぐ年末と言う事もあり、街は少し慌ただしい。そんな中、私は日課であるスラムの炊き出しに向かっていた。
私の出身もスラムに毛が生えたような場所であり、【神託】スキルがなければ今でもこのような場所で生活をしていたと思う。私は、自分だけこのような立場になってしまった申し訳なさからか、エナンの街に居る頃からスラムでの炊き出しを日課にしていた。日課と言っても週に数回だけどね。
スラムの炊き出しに行くのに、豪華な馬車に乗って行く訳にもいかない。私はソラと護衛の数名の神殿騎士を連れて、町外れの岬の先端、断崖絶壁の上に建つ神殿から徒歩で向かう。炊き出しの材料や鍋は私の給料で購入したものだ。荷車に乗せて、神殿騎士の人に引いてもらう。
この街に来てもうすぐ2年、慣れ親しんだ道を進んでいく。
そして、事件は街の建物が増え始める場所に差し掛かった時に起きた。
「暴走馬車だ! みんな逃げろ!」
そんな叫び声が聞こえて来た。そちらを見ると、興奮した馬が引く馬車が、すぐ側の建物の裏から飛び出して来た。
馬だって生き物だ。いつも人間の言う事を聞いてくれる訳ではない。頻度は多くないけど、たまに暴走馬車に跳ねられた人が、治療のため神殿に運ばれて来たりもする。
今回神殿に運ばれるのは私になりそうだ。馬車は綺麗な弧を描きながら私の方に向かって来ている。避けようにも、足がすくんで動かない。
「姉ちゃん、危ない!」
ヤバいなと思ってたら、そう言った弟に私は突き飛ばされた。意外と思いっきり突き飛ばしたらしく、ゴロゴロと転がる私。
その瞬間、急に頭の中にイメージが入ってくる。いや、入って来たと言うより出てきたって感じかな? 兎に角、昔同じような事があったようなイメージが急に頭に浮かんだ。だけど、このイメージは馬車じゃない……トラック? トラックって何だっけ?
そうだ! 思い出した!
私は女神様にお願いしてこの世界に転生したんだ。何で今まで思い出さなかったんだろう。
☆
私の名は如月かなで。
20代の頃、世紀の大発見と言われる発明をした。そして30歳を過ぎ、研究のし過ぎからか過労で倒れたのだ。さすがに三日三晩飲まず食わずで不眠不休は不味かったかな。
そして気が付いたらここ、真っ白な空間に居た。
「かなでさん、残念ですが貴女はお亡くなりになりました」
急に声が聞こえてきて、慌てて私は周囲を見渡す。すると先程まではただの白い空間しかなかった場所に、少し露出の多い白い服を着た人が現れていた。髪の色はちょっと前まで赤だったと思ったら、今は黄色っぽい。そしてまた色が変わっていく。何か神秘的な感じがする。
そして、お亡くなりになったと聞いて、ああやっぱりかと思う自分がいた。寝る間も惜しんで研究に明け暮れていたし、まあ仕方ないかな。
「ここに来て、自分の死をそんなにすんなり受け止める人も少ないですよ。ああ、20数年ほど前に居ましたか。
さて、かなでさん。本来なら自動的に輪廻の輪に加わる魂をこちらに呼び出させて頂きました。
申し遅れましたが、私は転生の女神をしています。ルナと申します」
「これはご丁寧にどうも。私は如月かなでです。研究者をしていました」
「ええ、知っています。
ここに呼んだのは、貴女の功績に対する対価を与える為です」
対価……。何か貰えるんだろうか? でも私死んじゃったしな。
「確かに貴女はお亡くなりになられました。
しかし、先ほども自己紹介させて頂いた通り私は女神です。生き返らせて欲しい等は無理ですが、ある程度要望をお聞きする事ができます」
要望かぁ。これと言って思いつかないけど、何かあったかな? ……あ!
「実は人生で1つだけ未練があるんですが……」
「何でしょう?」
そう切り出した私に、女神様は優しく微笑みかけて次を促してくれた。
「えっと……実は私、小さい頃に道路に飛び出してしまって……、通りかかった人と犬に助けられたんです」
「はい、それで?」
女神様は更に優しい、眩しいほどの笑顔で更に続きを促す。
「もし、もしも出来るなら、お礼を言いたいんです! いや、20年以上前に死んじゃったんです。無理ですよね……」
期待はしていない。私を助けて命を散らしてしまった1人と1匹。ずっと心のどこかで引っかかっていた。できるならお礼を言って謝りたいと……。
「もちろん、できます。その言葉を待っていました」
「ですよね。そんな事できるわけ……え!?」
「ふふ、実は貴女がその願いを言う事は分かっていました。準備はできています」
女神様は今までで一番良い笑顔で私に告げた。今思いついたのに分かっていた? 準備もできてる? さすが女神様?
「実はその方達は、貴女が生きていた世界とは違う、別の世界に転生させました。前世の記憶を持ったままです。
ですので、貴女もその世界で転生すると会いに行きお礼を言う事もできるでしょう」
「な、ならそれでお願いします! どんな世界でもいいです。会ってお礼が言えるなら」
「もちろん貴女がそう言ってくれる事も想定内です。しかしながら、1つだけ問題があります。
少し訳があって、現在その方達は転生先の世界に居ないんです。
もちろん、貴女が転生して大きくなる頃には戻ってきている可能性もあります。
しかし、確実ではありません」
上げて落とすとはこの事か!? できるって言われて喜んだのもつかの間、確実ではないなんて……。
「焦らないで聞いて下さい。話はこれで終わりではありません。
そのまま転生したら、確かに会えるかどうかは分かりません。
ですが、ほぼ確実に会える方法があります」
「そ、それは何ですか?」
「貴女を過去に転生させます。正確には今世の貴女が生まれた時間にまで遡ります。
もちろん、女神の力を持ってしても簡単な事ではありません。それに代償も必要となります。
まず、前世の記憶を完全に引き継ぐことはできなくなります。
印象に残っている事。それこそ助けられた事はまず間違いなく覚えているでしょう。
それに加えて、前世の記憶を取り戻せるタイミングも不確定です。20歳までには取り戻せますが、その間のいつになるかまでは断言できません。
しかし、確実にその方達が居る間に思い出す事はできます。
どうですか?」
助けてもらった事さえ覚えていて、お礼が言えるなら十分だ。
「それでお願いします。私が生まれた時間にまで遡るなら、私が先にその世界に転生するんですよね?」
「ええ、そうなります」
その後、女神様に転生先の世界の話を聞いて、種族とかを選んだ後、その世界に転生したのだった。
種族? もちろん猫耳です。
☆
「ああ、なるほど。そう言う事だったのね」
「……姉ちゃん大丈夫?」
私を突き飛ばした後、自らも馬車を回避した弟が私を覗き込んでいる。馬車は少し先で横転していて、幸い今回は被害者はでなかったようだ。
「大丈夫じゃないよ! もっと優しく突き飛ばしてくれてもいいじゃない!
……でもありがとう」
女神様が言っていた通り前世の記憶は曖昧だけど、やらないといけない事はキッチリ覚えている。
さて、竜馬さんとポチちゃんはどこに居るのかな!




