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私立・神楽椿学園探偵部の事件ノート  作者: サトル
6.神楽椿学園探偵部と鳴かないカナリア
60/71

6-9

「華澄さん、あの」

「分かんないの?」

「……びっくりした」


 ――ようやく司君も合流し、探偵部が揃いました。

 思わず悲鳴をあげそうになってしまいましたが、なんとかこらえる事が出来ました。薄暗く音を立てる事も出来ない環境下で静かに響く司君の声は心臓に悪いですね……。


「ずっと、松尾さんの遺品の、パソコンを……借りて調べてた。……そうしたら、メールに残っていたんだ。座長への恋心を認めた、返信待ちのメッセージ」


 現場となったマンションは既に遺族により解約されていた。その関係で中々捜査が進まず、困難な状況下となっておりましたが……。司君は劇団によって引き取られていた遺品のパソコンを、ずっと調べていたのです。

 どうやら、亡くなった松尾さんは、劇団の創設当初から座長である塚さんの事が異性として好きであったようです。いえ、もっと前から……彼女は同郷である座長への愛を、ひたすらに胸の奥にしまい込んでいた。


「違う! 私は別に彼を独占したいだとか、付き合いたいなんて浅はかな気持ちでいるわけじゃない……ただ、役者として……浮ついた面した不純物を、彼の前から排除したかったの!」


 “平田さんもまた座長の事を愛していて、嫉妬による犯行だったのではないか”――

 ――そう考えた私たちの心を読み取ったかのように平田さんは首を横に振ります。


 平田さんはこう続けました。

 座長は“特定の異性ではなく演劇が、舞台が恋人である”のだ、と。


 舞台は虚構の世界。どこまでもリアルで、そして現実みのない世界である。

 だから、そこにリアルの情が混じりこんでしまうとそれは不純物として浮かび上がる。


「なのにあいつは! ……公演に向けて、一番集中していかないといけないって時に自分の気持ちを伝えるだとかくだらないこと言うから!!」


 平田さんは誰よりも完璧な舞台を求めていた。前に所属していた劇団も悪いところではなかったにしろ、それよりなにより同じ方向を見据えた座長の元で芝居がしたいと思ったのでしょう。


「舞台が終わったら……高橋のやつも殺そうと思ってたのよ。だってあいつ、座長に対して色目ばっかりなんだもの」


 公演自体を壊したくはなかった。だから役者でもある自分はすぐに復帰できるように軽傷で済ませた。一つ想定外であったのは想像より早く“理想的な代役”が見つかってしまった事くらいでしょうか。


「未熟なりに真面目に取り組む井上君は良いとしても……高橋のやつは前々から気に入らなかったの。セリフを間違えて、演技を忘れても“アドリブでごまかせばいい”だなんて。そんな不完全な役者なんていなくていい……」


 彼女は本当に芝居というものを。役者稼業を愛していらっしゃるのでしょう。

 ですが、どこかで少し歪んでしまったのでしょう――


「――それは、間違っている気がしますの。優れた人材というのは組織にとって宝といえます。ですが……貴女様が思う“不完全”が、他の誰かにとっての“魅力”であるかもしれないじゃないですか」


 その時――薄暗かった楽屋に明かりが灯ります。


「……風見さんの言う通りだ」

「座長……!」


 ――いつの間にか、閉幕のお時間となっていたようです。舞台の方からは拍手の音が聞こえてまいります。見届けてきたのか、あるいは……。

 私たちの横を通り抜けると、座長――塚さんは平田さんの両肩をしっかりと掴んだのです。


「……平田、お前は基礎的なことはもちろん、声量、演技の幅、どれをとっても理論的な意味合いで完璧だ。だけど……“完璧”が揃ってたとしても舞台が面白くなるとは限らないと俺は思ってるんだ」


 確かにセリフを飛ばしたり、アドリブでごまかしたりする高橋さんだって……彼女がいることで歴の浅い役者がリラックスできたりする。井上さんはまだ若い。若いからこそのフットワークで各所と連携を取れたりもする……。

 そして、ストイックで厳しくも的確な指摘が出来る平田さんも同様だ、と塚さんは言葉を紡ぎます。


「平田、自首をすれば刑が軽くなるはずだろう? ……戻ってくるまで、俺は待ってる。お前の期待に応えられる座長でいられるように努力する。だから」


 “もう少し周りを見てやるべきだったんだ”

 ――あの時、花鶏さんが言いかけた言葉の意味が少しわかった気がしました。随分と皮肉めいた言い回しでしたね。

 塚さんはちゃんと見ていました。“全体”として、周りを。

 待ってる、という言葉で静かに泣き、崩れてしまった平田さんの心にあるものが“希望”であるのか“絶望”なのか。それは私たちには知る由もない事でございます。


「――俺と松尾はさ、同じ集落の……無くなった“酉沢村”の出身だったんだ」


 舞台は幕が閉じた後にもやる事がまだ残っております。役者たちがお客様をお見送りする、いわゆる“客出し”、セットの片づけ等。

 諸々を井上さん、高橋さんにお任せしたのち、座長の運転する車で私たち探偵部は平田さんを警察署へ送り届けました。


「この話の主人公達……航や凪さんとも面識あったんだ。……航はさ、ちょっとだけ精神に障害があった。確かに許されない事をやった。……だけど。そんな航を、凪さんを追い詰めるような村特有の重苦しい空気があった事も事実なんだ」


 帰りの道中、塚さんが語ったのは“呪いにかかったとしても上演をしたいと思った経緯”――

 亡くなった松尾さんとの約束がそこにあったようで、私も司君も。そして珍しいことに華澄さんまでもが静かに耳を傾けていました。


「もう、こんな悲しいことは起きてほしくない。……人が人を想う、そんな当たり前な気持ちを殺さなきゃいけないような社会は終わってほしいと思って。それで松尾と、役者として協力してくれた高橋と……この舞台を公演することが俺達の夢だったんだ」


 皮肉なものですね。“当たり前な気持ち”を殺していたのは他でもない――


「ありがとう。君たちのおかげだよ」


 夕焼けに染まる王司駅で座長と別れ、私たち探偵部はその足でカルムへと戻る事に致しました。

 事件を解決したはず。なのに、どうにも靄が晴れない――そんな一件となってしまいました。

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