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「やほー来たったで」
「……別にお前は来なくても良かったのに」
――いよいよ舞台公演の当日。真琴さんが誘っていたのでしょうか? 受付には沙綾さんの姿がありました。
「お? いいおっぱ……じゃなくって、いい身体のお嬢ちゃん! 初めまして~俺の事はあーくんて呼んで~」
「え~イケメンやん! ウチは沙綾~」
「……言い換えても“いい言葉”に直ってないぞ? いいのか沙綾」
うーん? 花鶏さんと意外と気が合ってしまっている気がしますね? 沙綾さんも基本的にはノリが軽いと申しますか、フレンドリーな方ですもんね。
おっと。いけませんわ、このまま私が客席に残ってしまっては華澄さんが一人になってしまいますね……。
花鶏さんに捕まらないようにそれとなく身をかわしますと、私はバックヤードへと急ぎました。
「――やはりな。私の読み通りだ。それは公演終了後に渡されるヒロインの……高橋のコップといったところか? 絞殺、突き落としときて次は毒殺か。なんの美学もない、突拍子もなく一貫性のない犯行だな」
薄暗い楽屋。しっかりと施錠してあったはずの扉は既に先客によって開けられていたようです。
「なあ、元弟役だったか? 怪我ももう大した事なさそうだしな……平田」
華澄さんが笑いをこらえたような声で呼びかけます。
「な……何のこと? 私は別に……ただ、最近顔色が良くないようだったからビタミン剤をあげようと思って」
「お前、演技が下手だな? 素人の私の方がまだ名演かもしれんな?」
そこにいらっしゃったのは、元弟役の平田さん。脚本家の松尾さんと仲が良かった、女性の役者さんです。目の前には紙コップが四つ程。演者の中で一番早くに出番が終わるのはヒロイン役の高橋さん。楽屋に戻ってきたタイミングで飲み物を勧めるつもりで毒を準備していたのでしょう。
「最初に違和感を覚えたのは貴様のケガだ。貴様は自主練の最中に舞台上から足を滑らせて客席へと転落したそうだが……それは嘘だな?」
平田さんは背中から落下しています。それは診断書の内容からも察するに間違いがないでしょう。実際、足を滑らせた事故であればそれもおかしな状況ではないはず。ですが、“役の練習中だったとしたら”不自然な状況といえるのです。
――そう、座長の演出に“客席に背を向ける”という演技は取り入れられていないのです。
「ああ、ついでに。“演技中ではなくただの凡ミスで足を踏み外しました”などと言う猿芝居は止めておけ。そもそも舞台上には蓄光テープという可動域を示す目印が貼ってあったそうじゃないか」
仮に薄暗い中で練習をしていたとしても暗闇で光を放つ蓄光テープは必ず視界に入るはずです。
それでなくとも……平田さんはそれなりに舞台歴が長い役者との事でした。“凡ミス”を犯すとは考えにくいでしょうね。
「あ……ああ! そう、私その日はちょっと貧血気味だったの。ちょっと無理して舞台に立ってて……もちろん蓄光テープには気づいてたわ。意識がもうろうとして、ふらついて……それで落ちたのよ!」
「あくまで白を切るか。……ならば貴様が怪しいと思った他の理由をあげてやる」
舞台の方からは澪さんの声が聞こえてきております。中々の長台詞、だけど迷いのない堂々とした口ぶりであることが耳へと伝わってまいります。
だからというわけではありませんが……私たちもここで引き下がるわけにはいかないと改めて気を引き締めます。
「……最初にお亡くなりになった松尾さんと仲が良かったそうですね。松尾さんは自身が手掛ける脚本に関しても、平田さんのアドバイスを参考にしていたと」
「……そうね。だったら何? 逆になんで私が仲のいい相手を殺さなきゃいけないのか分からない
んだけど?」
「逆の逆だ」
仲がいいからこそ、自殺に見せかけるための麻縄を用意させることが出来た。
井上さんがおっしゃっていましたね。“亡くなった松尾さんは平田さんの事を信頼しており、積極的にアドバイスを取り入れていた”と。
「麻縄は“座長が小道具で欲しがっていた、近所のホームセンターで買っておいてほしい”とでもいえば疑いもしないだろう」
“暗い話ばかり書いている劇団のようだしな”なんて、さり気ない侮辱が挟まれたことには触れないでおきましょう。
「お前は何らかの動機で松尾を殺した。自殺に見せかける偽装もやった。だが、親しい人間が死んでしまったわけだ。自分にも疑いの目が向けられるやもしれん」
だから……自分も“被害者”になろうと考えたのでしょう。これ幸い、彼女が書き上げた脚本は実在の事件をモチーフとした“元々曰くつき”の脚本でございます。稽古中に怪我をしたと思わせたら、周りは勝手にその疑いを“呪い”という見えないものへと向けるでしょう。
「……だが、私には動機が分からん。おかげで随分と遠回りをした。貴様はこの舞台を中止させたかったのではないか? だがメインヒロインの高橋は後回し。いや、そもそも座長の塚を殺せば、何人も殺さずとも確実に舞台はとん挫していたであろうに」
……と、ここまで次から次へと言葉を紡いでいた華澄さんでしたが。ふと、お茶を濁し始めました。え? ……もしかして、動機が分かっていらっしゃらなかった?




