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私立・神楽椿学園探偵部の事件ノート  作者: サトル
6.神楽椿学園探偵部と鳴かないカナリア
58/71

6-7

 

「ねえねえ、見てるだけって退屈しない? ふーりちゃん俺とドライブでもしようよ」

「結構です。……稽古中ですので、お静かに」


 ふと、その時。集中力をそぐような男性の声が私の肩を抱き寄せます。

 ……花鶏(アトリ)さん、でしたっけ。この方は基本的にセクシャルハラスメントしないと心が休まらない一種の御病気でいらっしゃるのでしょうか。


「……そういえば、伊月さんは塚さんのお友達でいらっしゃるんでしたっけ」

「あーくんって呼んでよ~。まあ飲み友達っつーのかなあ、同じ居酒屋の常連なんだよ」

「そうでしたか」


 手を払いのけてみると、存外あっさりと花鶏さんは引き下がります。すなわち挨拶代わり、みたいな感覚で接してきているという事でしょうか。


「……あいつがこの舞台に拘る理由も分からなくはないんだけどさ、もうちょっと周りを見てやるべきだったんだよ」


 舞台上の事に集中していらっしゃるのか、塚さんは花鶏さんの声には気付いていらっしゃらないご様子。ならば、わざわざ中断させる必要もないでしょう……私が声を潜めるよう促すと、花鶏さんはにっこりと微笑んでおりました。


「よし、ちょっと場所を変えよう。二人っきりで密なかんけ……あうちっ」

「私の手下に手を出そうとするなこのクズ! 死ね! ()()くらい死ね!」

「痛い痛い、痛いって! 冗談だよ~」


 と、その時。いつの間にかやってきておりました華澄さんが華麗な飛び蹴りを決めました。

 ……今、私の手下、と言いましたね。彼女の中で私の存在が“部外者”から“関係者”程度に格上げされたのでしょうか。


「は……もしかしてこれって、かすみんのヤキモチ?」

()()追加。五回死ね」


 なんて言っている場合じゃありませんね。二人の口論により、塚さんはおろかステージ上の役者各位の集中も切れてしまったようです。というか塚さんはキレておいでです。


 “好き”だ“嫌いだ”だのというやり取りはここじゃなくても構わないでしょう。

 お二方の背中を強引に押すと、私たちは廊下へと逃げ出したのでした。



「――で、華澄さんがいらっしゃったという事は」

「ああ。調査内容の共有と確認だ」

「舞台上から転落して軽傷を負った役者、平田さんという女性の方ですね」


 私もただぼんやりと舞台稽古を眺めていたわけではありません。私が見ていたのは舞台――三人目、軽傷を負った元弟役の平田さんの事故現場です。

 舞台と客席の落差はおよそ百五十センチ。彼女は大人の肩ほどの高さから落下したという事になります。


 事故発生当時、他の方より先に来ていた平田さんは一人舞台上で稽古をしていた様子。足を踏み外した、と本人は語っていたようですが……どうやら背中から落ちたようですね。診断書は頸椎(ケイツイ)ねん挫、および腰の打撲とのことです。


「座長や井上さんによると、平田さんは大抵早入りいたしまして自主練をしていたとのことですので……こちらは軽傷であることに加え、事件性もないということで警察にも知らせてはいないそうです」


 亡くなられた松尾さんと比べると状況も違いすぎますし、これだけは本当にただの事故である可能性もありますが……華澄さんは何やら引っかかっている事がおありの様子。



「……続けますわ。こちらは司君が調査した内容です。死亡した脚本家、松尾さん……死因は窒息死。自宅マンションのクローゼット内で首を吊った状態で見つかっていた」


 時を同じく、司君も聞き込みを続けておりました。松尾さんの場合、すでに葬儀は済んでいるわけで……実際にご遺体を拝見したわけではない私たちには決定打となりうる証拠を見つけ出す事すら難しい現状でございます。ご遺体を拝見できていたら“吉川線の有無”や他の外傷くらいは確認できていたかもしれないですが。


 “もう一人目の前で殺されてくれたら材料が増えるのに”なんて物騒な言葉が聞こえてきた気がしましたが、まあ今は聞かなかったことにしておきましょう。


 よくよく考えますと、確たる事件性があったとしたら警察が動いているはずでしょう。ですが、今は現に警察が“事件性がない”と判断し、ご遺族は葬儀まで済まされているのです……。私たちはまるで無から有を見出そうとでもしているような、いささか無謀な事に挑んでいるともいえるのです。



「……調べによると。マンションにほど近いホームセンターで生前の松尾さんご本人が麻縄を購入している記録が残っておりました。店員さんに“頑丈で切れない縄はどれか”と質問していたようです」

「他の用途で購入したとは考えにくいか」


 わざわざ質問をするという事は、すなわち“知識がない”、なおかつ“生半可な覚悟ではない”という事の表れと言えましょうか。少なくとも日常生活で使用する用途があったとは考えにくいでしょう。


「どうかなあ、それ」


 不意に、花鶏さんが華澄さんの肩を抱き――そしてつねられました。廊下でよかった。彼の悲鳴は下手な役者より良く響いています……。いや、それより――


「どういう意味ですか?」

「ふ、二人は自分の視界でしか物事を見れていないっていうのかなあ。“君たちの日常生活では必要が無くっても、彼女にとっては必要となるシチュエーションがある”かもしれないってさ」


 彼女にとっては、必要となる……?


「麻縄だよ? それすなわち、趣味! そう、彼女にはSMプぶっ」

「伊月! うるっさい!! こっちは本番近いの!? 邪魔するなら追い出すよ!?」


 ……廊下にいても、結局邪魔になってしまったようですね。

 キレた塚さんが勢いよく開けた扉に頭をぶつけ、花鶏さんはその場に沈んでしまいました。


 でも。おかげで少し見えてきた気がします。そうでした。ここは劇団で、彼女は劇作家――


「なるほど、彼奴だけには犯行が可能になるという事か」



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