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私立・神楽椿学園探偵部の事件ノート  作者: サトル
6.神楽椿学園探偵部と鳴かないカナリア
56/71

6-5

 

「……なるほど、これは実在の事件の……“酉沢(トリサワ)村事件”を描いた話ですわね」

「酉沢村? なにそれ」

「高校生くらいならもう知らない人がいてもおかしくないか。もう十年近くも前になるからね」


 “酉沢村事件”

 それは、小さな村で起きた凄惨な殺人事件と聞きます。


 山間の小さい村ながら、長い歴史を持った土地。悪しき“鬼”を封印したという伝承が残る村にはその封印を守り続けている、“羽鳥(ハトリ)家”と“雷鳥沢(ライチョウサワ)家”という二つの一族があった。


「本作の主人公でもあり、その事件の犯人でもある青年。“羽鳥(ハトリ) (ワタル)”はその名家の若頭。当時二十半ばだった」


 男はとある娘と恋仲であった。まだ未成年だった少女。もう一つの名家、雷鳥沢家の長女だ。


「ヒロイン……“雷鳥沢(ライチョウサワ) (ナギ)”と主人公は想い合っていた。だが、村の習わしでは二つの家同士の婚姻が認められていなかった。鬼が蘇ってしまうと言われていた」


 若い二人を止めることは出来なかった。二人は駆け落ちをしようと心に決める。

 だが、一方でヒロインの凪には心残りもあった。彼女には病弱な弟、“(レン)”がいたのだ。


「自分達、二つの家の長子が村を離れれば、か弱い弟はたった一人で一族を……村を守る一族の当主を継ぐ格好となる。凪にはそれが不憫と思い……弟にだけその決意を伝えたの」


 姉の幸せを想い、快く送り出してくれたと思ったのもつかの間。

 悲劇が起きる。弟は姉を失いたくない一心でその計画を一族の人間たちへと知らせてしまったのです。


「――村を後にしようとした二人でしたが、それは叶わなかった。ヒロインと主人公は村の年より達によって捕らえられた。そして、隔離され……別の相手との婚姻を半ば強引に推し進められてしまったのです」


 凪にとってその婚姻は絶望でしかなかったのだろう。遺書も残さずに彼女は命を絶った。村にほど近い山間の展望台からその身を投げ出し飛び降りたのだ。


「未来と、夢と、そして愛する人を失った主人公は復讐を誓った。村に残る伝承のように“鬼”になってしまったの」


 航は凪の弟を手にかけた。村を守る一族だとか、そういったものはもう関係がなかった。ただ憎かったのだ。逃げる少年の背中を何度も刺し、絶命したのちにはその顔も刺し火で焼いた。


 決して大きくはない集落のこと。その凶行に村の年寄りたちたちはすぐさま駆けつけた。

 もはや誰にも彼を止めることは出来なかった。


「猟銃と斧を抱え、村の年寄りたちを次々と手にかける。その次には自分と凪の両親、自分の兄弟、一族郎党。そして手当たり次第に目に付いた村人たちと……」

「――合計四十八人。幸いに村を離れていた者数人を除くほぼすべての村民を手にかけた航はその足で、誰もいなくなった凪の家に向かうと遺書を認め、最後に猟銃で自らの頭を撃ちぬいた」


 ――酉沢村には鬼が封印されていたのではない。そもそも人などいなかった。ここにいたのは鬼だけだ。

 だから鬼を滅ぼすと決めた。最後に僕も彼女の元へ。唯一、最後まで人であった彼女の元へ許しを請いに行くつもりだ――


「……やっぱり呪いじゃないすか? こんなの上演しない方が良い気が」


 神妙な面持ちで台本を閉じると、沈黙を破り真琴さんが呟きました。

 確かに、実在の事件であり、多くの死者を出した悲劇でございます。軽々しく扱っていい題材ではないでしょう。


「もちろん、残虐な表現は演出でぼかしたりカットしたりするさ」

「でも……」

「それに、俺はむしろこの事件の事を風化してはいけないと思ってるんだ。この脚本を書いた松尾だって、その一心だった。だからこそ……」


 ですが、たとえ役者が欠けてしまっても……座長にはこの舞台を必ず上演するという強い意志があるようでした。



「はい、そこまで!」

「澪ちゃん、だっけ……君はすごいね。台詞はもう完璧だから、あとは声の大きさとこまごまとした動きを覚えてくれたら十分舞台が成り立つんじゃないかな」

「ありがとう。殺される役なんて、あんまり楽しくはないけどね」


 そうして――

 舞台稽古が始まりました。……と、言っても弟役をやることになったのは澪さん。私たち裏方はただの付き添い程度でございます。

 身長が高く、声も女性としては低い方である澪さんならば未成年である弟の役も出来るだろうということで抜擢されたのです。

 ……澪さん自身も“その分謝礼金上げて”なんて交渉なさって成立したようです。本来であれば真琴さんが一番適任だったのでしょうが……彼には本分である部活動との両立が非常に難しいであろうということで断られてしまった格好ですね。


「逆に! 高橋さんちゃんとセリフ覚えてきてくださいよ~」

「えへへ、でもちゃんと話はつながったからいいじゃない」

「もー。今回はアドリブに対応するの俺だけじゃないんですからね」


 座長の塚さんは他にも関係各所のとの打合せがあるご様子で、ご不在の事も多いようです。代わりに稽古場を仕切るのは初日にもお会いしたヒロイン役の高橋さんです。そこに現状被害に遭われていない主人公役の井上さんも合流して……今のところ稽古は順調に進んでいるようです。


 どことなく頼りない、おっとりとした印象である高橋さんと違い、井上さんは若そうな見た目ながらにしっかりとした印象の青年のようです。


 元々脚本家の方が請け負っていたと思しき小道具の買い出しや外部への手配業務なども、今はこちらの井上さんが請け負っていらっしゃるようですから……恐らく座長にとっても頼れる若手といったところなのでしょう。


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