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私立・神楽椿学園探偵部の事件ノート  作者: サトル
6.神楽椿学園探偵部と鳴かないカナリア
54/71

6-3

 

「川の上流にはキャンプ場があるような整備された山があって、近くには村もあった。だから、そのあたりの関係者かと思って親父が調べたけどさ。失踪者の中にそれらしい人間が見つからなくってさ」


 意識を取り戻した時――彼は自分の出自も、名前すらも覚えていなかった。お医者様が仰るには頭部への衝撃が原因で記憶中枢に障害が残ってしまったのではないか、との事でした。


 自分の名前すら分からなくなってしまっていた少年。ですが、運命のいたずらとでもいうのか……彼は“歩き方”や“日本語”と言った生きる上で最低限必要となる知識と、なぜか“鳥の名前”だけを持っていたそうです。


「まあ……だからってわけじゃないけど……ほら、俺の名前にも鳥の名前が入っている通り。うちの親父も野鳥類とか好きだからさ、なんかシンパシー的な? 感じたみたいで。で、せめて記憶が戻るまでは、ってことで戸籍の手続きとか後見なんちゃらを経て今に至るワケよ」


 ……ですが結局、今日に至るまで彼の記憶は戻っていないそう。

 合致する捜索届も出されていないということは、すでに死亡届が出されている可能性が高いということでしょうか。

 ――現代の日本では“認定死亡”という制度がございます。平たく申しますと、これは“火事や水害などにより遺体を見つける事が困難な場合……死んだとしか思えない状況で人がいなくなってしまった場合に戸籍の抹消手続きを行う”というもの。

 また、別に民法上では“失踪宣告”という制度もございますね。こちらの場合は“失踪から七年経過後に戸籍上死亡という扱いにする”というものです。


 ……どちらにせよ、“探されていないということは死んだと思われている”と言う事実でございましょう。これは、本人には言えない話でしょうが。


「記憶を失うってくらいだ。多分脳に何らかのダメージが残ってるんじゃないかって事もあってさ。それでこうして病院に通わせてるってわけ。どう? 付き添いとかやっちゃうお兄さん優しくない? 見直してくれた?」

「……お優しいのは理解できましたが、それを自分の口でお話になる事、さらに個人のプライベートを断りもなしにお話しされる点が減点ポイントとなりますので相殺ですわね……」




「……で? 貴様、変な事をこいつらに吹き込んでやしないだろうな?」


 ――“店の仕込みがあるから”とせわしなくお帰りになられた雲雀さんをお見送りしたのち。何故か当然のように私たちと行動を共にしていらっしゃるお兄さんを睨みつけると、華澄さんが声を潜めます。

 青年は“変な話はしてない”なんて仰りながら華澄さんの頭を撫でておりますが……。まあ、確かに変な話ではなかった、はず。嘘はついていないはずですわね……。


「ふん。もう用もない、さっさと私の前から消え去れ」

「今日はいつにもましてキツイなあ。……あ、ヤキモチ?」

「殺す」


 華澄さんの辛辣なお言葉に対し、一番対応が出来ているのは“裏にある真意を拾い上げる事が出来る”真琴さんだと思っておりましたが。……ポジティブというのか何というか、このお兄さんもその点においてはお強いですわね。


「……なあ、そんなことより。さっき“良い仕事がある”とか言ってなかった?」


 しばしの間、華澄さん達の言い争いが続きましたでしょうか?

 ふと、それまで黙って付いてきておりました澪さんが口を開きました。そういえばこちらのお兄さん、私たちに声をおかけになった際にそのように触れていらっしゃったような。

 ……ええと、つまり。ここまでご自身に直接の関係がない話題に付き添い、ついてきてくださった上で私たち全員が忘れかけていた言葉を改めて掘り起こすということ。すなわち澪さんはそんな“いかにも怪しい仕事”でも興味を持ったということでしょうか?


「お? 澪ちゃん興味あり? 澪ちゃんなら背も高くって顔も良いからウケが良さそうねえ」

「澪!? やめとけって、絶対危ない仕事だぜ!?」


 華澄さんがお兄さんの膝裏に蹴りを入れて怯ませた隙に真琴さんは澪さんを守りその正面に立ちはだかります。共通の敵を前に結束が高まる、というのはこのことでしょうか……?


「だってお金欲しいし。……あ、じゃあ真琴も一緒に来てよ」

「いやいや……男同伴は駄目系じゃ?」

「いいよ~」

「いいの!? 逆にいいの!?」」


 “いかにも怪しい仕事”と言えば、男性が女性に、あるいは女性が男性に“奉仕する”と言った仕事が定石でしょうか。その場合基本的に女性のみの募集、またはその逆であるはずと思ったのですが……。お兄さんは“みんなも一緒においでよ”なんて手招きしていらっしゃいます。


 “怖くないよ”……なんて仰っていますが、その間口の広さが逆に怪しさを増幅させている気がしますが……。


「……別に私は怖いなどと思っていない!」


 ――妙なところで華澄さんの“お兄さんに対する反発心”が作動してしまったようです。

 華澄さんや真琴さんを見捨てるわけにもいかず、私もまたお兄さんの車へと乗り込むほかないのでした。


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