6-2☆挿絵アリ
「――貴様! 病院でナンパするなと……って」
その時でした。一瞬にして男性が私の目の前から消え、代わりに華澄さんの声が聞こえてまいりました。
「華澄さん。そちらは……?」
聞き間違いなどではなかったようです。私の目の前では、確かに華澄さんが先ほどの男性の耳を引っ張って見えます。と、いうことはこの派手な男性は華澄さんのお知り合いだったのでしょうか……?
「あれれ? かすみんの友達? 道理で可愛い子ばっかなわけだなっ! 俺の名前は伊月 花鶏。あーくんって呼んでねっ」
ですが、男性も負けは致しません。
華澄さんの手をすり抜けると、今度は私の後ろにいらっしゃった澪さんの顔を覗き込んでおいでです。花鶏さんとおっしゃいましたか……はて、伊月?
「……あ、お話し中すみません、伊月 雲雀さんのお付き添いの方は……」
「ん? あはいはーい! オレオレ、お兄さんだよ~何か御用?」
と、ちょうどその時。声をかけにくそうに看護師の方が歩み寄っていらっしゃいました。
「ええと。弟さんのここ最近のご様子についてお伺いしたい、と先生が……近い……」
「君さ、キレイだよね? モデル系的な。良かったら仕事上がりに俺と夜のランウェイ――」
好色男、とはこういう方の事を言うのでしょうか……。軽やかに身を翻すと、男性は声をかけていらっしゃった看護師の女性の両手を胸の前へと引き寄せます。
「いっでえ」
「……看護師、私が答える。これは汚物と思って適当に消毒しておくといい」
「は、はあ……」
……華澄さん、意外と武闘派でいらっしゃったのですね。彼女が放ったハイキックは綺麗に男性の脇腹だけをくり抜きます。それはとても鮮やかに。そして、何もなかったかのように看護師の女性を引き連れどこかへと去っていったのでした。
「……あの、伊月さんってことは、もしかして雲雀さんの」
「あーくんって呼んでほしいのに。……そだよ。雲雀の兄さんやってるの」
……ここまでくると意地でもお名前で呼びたくなくなってしまうのは、私の意地というものでしょうか。
きちんとまっすぐ立って見せた男性。身長は真琴さんほどではないにしても成人男性としては申し分のない高さでしょう。改めて御姿確認致しますが……外見には気を使われるタイプなのでしょう。
髭はおろか、眉やもみあげ周りにも剃り残しはなく、整った肌には清潔感さえ覚えます。確かに女性に好まれそうな青年であるという点には共通点がございますが、一重瞼の雲雀さんが“優艶”であるとするならばお兄さんと称する花鶏さんは二重瞼ではっきりとした顔立ちの“妖艶”――
お化粧の類も関係があるのでしょうが、お世辞にも似ているとは言い難い。
「――ああ、いたいた。遅いからトラブったんじゃねえかって心配になって……トラブってんじゃん!」
と、そこに私たちを探していたご様子の真琴さんが駆けてきました。そうでした、ロビーで待っていただいていたままでしたものね……。
「おいてめえ、誰だよこいつらに手を出したら殴るからな!」
「え、ちょっこわっ……やめてよお兄さん本当は本当に優しい普通のお兄さんなの」
「誰が信じるかよ」
好意を抱く女性が、“どう見ても堅気のお仕事をしていなさそうな派手な装いの成人男性”に絡まれていたら、普通に敵意しかありませんよね。
うーん、真琴さんを止めるべきなのか否か。どちらがこの場の最適解なのか私には決める事が出来ません……。
「雲雀さん、どっか体が悪いんすか?」
お兄さんの必死の弁解の末、ようやく誤解が解けたご様子。そんな中、真琴さんは率直にそう問いかけました。……ここは脳神経外科の病棟。総合病院の決まり上、医師の紹介状あるいは予約が必須。すなわち、“ちょっと怪我をしたから見てもらいに来た”なんていう一見さんとは会うはずがない場所なのです。
とすれば過去に大怪我をされたか、何らかの持病をお持ちであるのでは?
本来立ち入るべきではないプライベートな事情がおありかもしれないと思いながらその答えを待つ……すると、私たちの神妙な面持ちと裏腹。お兄さんは“そんな事”と言わんばかりに笑って見せたのでした。
「いや? 定期検査みたいなもんさ。雲雀はさ、もう十年近くは前になるか? ……全身血だらけの達磨みたいな状態で川岸に転がっててさあ」
いやいや。“大したこと無い”と言いたげな声の調子ですが。それはかなり“大したこと”では?
口にはしませんでしたが、真琴さんも同じことを思ったのでしょう。その横顔は引きつっているように見えました。
「なんでそんな状態になったのか、いやそれどころかあいつは自分がどこの誰かすら分かんない状態だったから分かんないんだわ。……いわゆる記憶喪失ってやつ?」
――退院したばかりの澪さんを立ち話に付き合わせるというのも無配慮というもの。院内一角に設けられたドリンク販売所に場所を移す道中、お兄さんは言葉を続けます。
曰く、十年ほど昔のある寒い日の事。瀕死の状態で川辺に流れ着いた一人の少年 それが雲雀さんであったそうです。
最初に発見したのは伊月さんのお父様。彼は山歩きが趣味で、その日も余暇を満喫している最中であったと。発見時、まだ息があると気付いたお父様はその足で少年を病院へと運んだそうです。
……あと少し発見が遅れていたら低体温、または出血多量で死亡していてもおかしくなかったそう。




