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「――改めて、紹介しよう。こいつは“綾城 司”……仲良くしてやってくれ」
「……!」
「あのこいつ“仲良くとか無理。僕を殺す気? 華澄はデスゲームの主催者なの? 僕が最初の犠牲者なの?”って言いたげな顔で見てくるんだけど」
「逆に良く読み取れたな真琴君」
教室内のほぼすべての席が埋まった。
俺の前の席と入り口近くの席。それぞれに空席があるが、それはこの二人の席だろう。つまり、あとは教師を待つだけと言える状況だ。
「……っていうか、先生さすがに遅くない? 綾城の取り巻きに混ざってなかったの?」
「……」
「“いなかったと思う”か……っていうかそれ声に出して言ってくれ。表情で表すな」
「……あ……後ろ!」
オタク……もとい、綾城がふと視線を逸らしたかと思えば、聞き取れないほど小さな声で何かを喋った。モスキート音か、とツッコミかけたその時だった。
「は――」
窓越しに見える青空を上から下へ、何かが通り過ぎていった。鳥なんかとは比べ物にならないほど大きかったような気がする。
その刹那、何かが砕けつぶれるような嫌な音が窓ガラスを揺らし――
どこからともなく、女生徒の悲鳴が響き渡ったのだった。
――教室内が騒然としている。女生徒たちは小グループを形成し身を寄せ合っているし、男子は窓の縁に詰めかけるとひしめき合い――地上に散らばっている“赤い液体”に目を奪われていた。
「……うわ! ……おい、くっつくなよ綾城」
沙綾みたいなやじ馬とは違って、俺はわざわざそんな夢見が悪くなりそうなものを見るような趣味は無い。
……が、女子のように小さな悲鳴を上げて背中にくっついてきやがった綾城に押される格好で、窓際まで追いやられてしまった俺は、いやおうなしにその惨状を見る他なくなってしまっていた。
「……まあ、言いたいことはわかるけど」
小脇から顔を覗かせた綾城が上目遣いで“怖い”と訴えかけてくる。そういうのは可愛い女子がやるべき仕草だ。お前の仕事じゃない。
「し、死んでる……? ああ、僕が……また、不幸を……」
ぼそぼそとつぶやいたきり、綾城が再び俺の背中に顔を伏せる。……俺の制服で涙をふくな。真新しい俺の制服で……。
……とりあえず背中にいるのは“可愛い女子だ”と思い込むことにして、俺は地上を見下ろした。
「し、死んでる……?」
「……どうだろう」
あまり直視したい光景ではないが……。横たわっているあれは、教師だろうか? ちらりと見た限り、小太りの男と思しき誰かが砂地の上であおむけに寝転がっているのが見えた。……ああ、もう今晩の夢に出てきそうだよ。
「なんだかんだでもう打ち解けてるな、素晴らしい。……さあ行くぞ」
ふと、可愛い女子がしがみ付いたままの右腕と反対、左肩を小柄で細い声が叩いた。
――水野だ。白い頬に張り付く細い髪の毛を耳にかけると、水野は地上を軽く見渡し笑みを浮かべていた。
「行くって、おいあんた、まさか」
「ん? 決まっているだろう。ここからではよく見えない、警察に片付けられてしまう前に急ぐぞ」
「は――」
水野は俺の左腕を両腕で絡めとると、背中になおも張り付いたままの可愛い女子もろともどこかへと引きずりだしていく。
ふわりと柔らかく、少しひんやりとした感触。どう例えたらいいのか分からない、女子特有のいい匂いに酔いそうになっていた俺は……ただ成すがままに従ってしまっていた。
「――お、おいまずいって」
我に返った俺は、数分前の自分を殴りたい気持ちになっていた。あまりにも浅はかすぎた。
「なるほど。まだ死んではいないようだ。恐らく、ここが砂地であることで即死の衝撃とまではいかなかったようだな」
「おい!」
「……なんだ?」
「さ、さっきから何やってんだよ。……早く救急車を呼んで、あとは警察とかに任せないと」
俺が大きな声を出したからだろうか、背中の可愛……もうなんか空しい。やめた。
背中に張り付き続けている綾城がびくりと跳ね上がる感覚に謎の罪悪感を覚える。だがそんな事気にしている場合じゃない。俺は人ごみをかき分けていく。
ざわざわと色々な声が飛び交うやじ馬の群れ――その視線の中心に水野がいた。
この女……水野はまるで探偵でもやっているかのようにこの現場まで駆けつけ、横たわる人物の周りを勝手に詮索し始めていたのだ。
「警察に任せる? 馬鹿を言うな、そんなもったいないことするわけがないだろう! 折角の事件だというのに」
「もったいない……って」
かろうじて生きているらしい、とはいえあたりには生々しい赤色が飛び散っている。かすかに聞こえるうめき声、おそらく相当な怪我を負っているはずだ。
直視したくない、いや直視できない。俺が特別ビビりなわけではないだろう。誰だって、目の前で人が倒れていたら気が動転するはずなのに……水野はどこか楽しそうだとさえ思える得意げな表情で上を見上げたり、横たわる人の裂傷をその目に焼き付けていた。
「……服装から推察するに、こいつは教師だろうな。荷物は――」
「――ああ! ど、どうして……小川先生……っ死なないで!」
――その時。女性の泣き叫ぶ声が聞こえた。
「おい! お前たち、そこから離れろ!」
続けて、しわがれた男の怒声が辺りに響く。中々の迫力だ。俺達のいる場所からその姿は見えていないが――恐らく教師が駆けつけてきたのだろう。
一喝された格好のやじ馬たちは一人、また一人と教室へ逃げかえっていく。背中に張り付く綾城の緊張も伝わる……俺の制服、弁償させようかな。
「……ふむ」
「いや“ふむ”じゃねえよ。す、すみません先生!」
やじ馬たちに紛れて俺も教室に帰れたら本当に良かったのだけど、水野にはそのつもりが毛頭なかったらしい。
取り残されてしまった俺には、歩み寄ってきた壮年の男教員が睨むように見下ろしている水野を止めることもかなわなかった。
「……教員Aよ。警察には連絡したのか?」
「Aって……俺の名前は山田だ」
「では“教員山田”……すぐに警察に伝えろ“まだ断定はできないが事件の可能性がある”とな」
「は……」
制止しようと伸ばした俺の手も一歩届かず。俺の声を無視したまま、水野は立ち上がるとそう宣言してみせる。その顔は“ワクワクしている”と言わんばかりの強気な微笑みだ。
水野を見下ろしている山田先生は“ヤバいもんを見つけてしまった”と言わんばかりのひきつった顔をしているし、その後ろの女性教諭は“怖い”って涙を滲ませたまま右手首を左手でさすっている。
「待っていたのだよ、この時を。腕が鳴る、胸が高鳴る……! この謎、名探偵の水野 華澄が華麗に解き明かして見せよう!!」