5-6
「普段は、内側から施錠しております。外には駐車スペースがございます。梅田さんには鍵を預けており、こちらから出入りして頂く事もございます。後は……お父様が客人をお招きになる時に、外部の業者さんから食材を取り寄せたり致しますので搬入口としても使用しておりますの」
紹介を終えると、梅田さんはそそくさと厨房を後にした。インターホンが鳴ったからだ。
――鍵が開いている限りは、この厨房の勝手口からの侵入という方法が手っ取り早く確実かもしれない。楓李さんは説明しながら戸につけられたドアノブを触って見せる。良くある一般的なつまみをひねるタイプの鍵のようだけど、ロックは掛かっているみたいだ。
「……改めて、風見の家ってすげえな」
「そんなことはございませんわ。普段は質素に暮らさせていただいております。父が不在の日なんかは私がここで料理しておりますし」
「へえ~風見、料理も出来るんだ」
「人並みでございますわ――」
――そういえば。玄関の方ではさっきインターホンが鳴ったようだけど、来客の応対も先ほどの使用人、梅田さんが取り次いでいるのだろうか……?
とすれば、もしも梅田さんがアレンさんに関する情報を持ち合わせていない場合、勝手にアレンさんを招き入れてしまう危険性があるのではないだろうか。
楓李さんと真琴が楽しそうに何やら話をしている。……尋ねようにも割って入る勇気が出ない。
仕方ない。そっと厨房の外へ出てみると、梅田さんは宅配便の受け取りをしていたらしい。大きな窓の外では町でよく見る宅配業者の後ろ姿が見えた。
「あら、あなたさっきのべっぴ」
「お……男です」
「あらやだ。よく見たら男の子の格好ね!」
僕に気が付いたらしく、こちらへと駆け寄ってくる梅田さんにちょっと自己主張をしてみる。眼鏡をかけているせいで相手の姿がくっきりと見えて……正直逃げ出したくなったけど。やった、戦えたよ僕も……。
「……来客の応対も、梅田さんがやっているんですか?」
「ええ。特別なご指示がない限りはね。怪しい感じの人が来ちゃった時だけは、警備員の高橋さん達に駆けつけてもらう事もあるけどね」
「なるほど。……あああの、今日なんですけど」
「怪しい人を見かけたらお嬢様にお知らせするのよね? 大丈夫よ! おばさん、こう見えて人を見る目あるからっ」
良く言うよ、男子高校生の性別を間違えたのに……。なんて、言えるはずがないけど思わず言いたくなってしまった。
「ごめんなさいねえ。司君、だったかしら。あたしったら、小さい頃のあなたが女の子みたいだったからそのまま覚えちゃってたわ~。でも相変わらずまつげが長いわよね」
「……え」
僕がよほど腑に落ちない顔でもしていたのだろうか。おほほ、なんて笑っていた梅田さんがふと僕の背中を叩く。
あれ? もしかして、この人――
「――あら? 今の物音は……食堂からかしら」
その時。僕の思考を遮るかのように、大きな物音が吹き抜けの天井にこだました。
木材か何か、固いものを床にたたきつけたような音が二回、そしてその直後にはうめき声。
厨房に残してきた華澄達に何かあったとしか考えられなかった。嫌な予感に血の気が引いていく。
「華澄!? 真琴……」
万一に備え、梅田さんにはすぐに警備員を呼べるように待機してもらい……僕は食堂の扉を開ける。
二回聞こえた物音は椅子を倒した音だったようだ。だけど、倒れているのは椅子だけ。そこには真琴も華澄もいない。代わりにそこに見えたもの、それは開け放されたままのトイレへと続く扉と、食べかけのパイ。そして……。
「お口に合わなかったのかしら――」
何が起きたのかが理解できていない様子で首を傾げている楓李さんの姿があった。
「……食べたんだね、あれを」
目の前に転がっているパイには歯型。その断面からは、溶岩のように赤くて、何故かキラキラとした顆粒状の何かが光っている。
天は二物を与えずとはよく言ったものだよ。きっと楓李さんは恵まれた家庭環境と容姿の代わりに料理センスとか味覚を奪われてしまったんだ。
これがどういう味だったのか……想像もできないし、想像したら負けだと思う。食という生きとし生けるもの全てに与えられた行為への侮辱だ。挑戦だ。
トイレに駆け込んだ形跡があるという事は、すなわち意識を手放してはいないという事。それだけは不幸中の幸いか。
「あ、司君の分もちゃんと取ってありますよ?」
結構ポジティブ……いや、アグレッシブなのかな。断面さえ見なければきつね色の美味しそうなミートパイに見えるのがまた怖い。




