5-3
「――面白そうな話をしているね」
「むぐ」
そういえば、真琴が注文していたコーヒーがまだ出来ていなかったんだ。僕と華澄の間に丸みを帯びたシルエットのマグカップが置かれた。
「華澄? ……たとえ冗談でも“人を殺してこい”なんて言ってはいけないよ」
「……そんな事、言ってない」
さっき、僕は華澄の事を“自己中心的で、正論に反発してしまう”なんて言ったけど、一つだけ例外があった。このお店、カルムの店主であり華澄の保護者のような存在でもあるこの青年――伊月 雲雀さんだけは例外なんだ。
どういう因縁があるのかはわからない。だけど借りてきた猫のように背中を丸めてしまった華澄にはもう先ほどまでの威勢はない。
“何を見ている”なんていいがかりを付けられて、華澄はまた僕の脛を蹴り始めたけど……さっきとは比べ物にならないくらい弱いから、もう気にしないでおこう……。
「そ、そうだよ! 殺人事件の設定だったら、伊月さんが犯人役に良いんじゃない?」
既に空になっていた僕のカップをお盆に乗せて、雲雀さんはカウンターへと帰っていく。その後ろ姿を眺めていた真琴は何か思いついた様子で声を上げた。
「何故そう思う」
「そ……そういう連続殺人鬼って、頭良くないと務まんねえだろ? だったら、伊月さんって適任じゃないかと、思ったんだけど……なんで怒ってるの?」
……と、何故か華澄は立ち上がり、真正面から詰め寄るかのように真琴を睨みつけている。勘が鈍い人であっても察せるくらいに、その表情は明らかな“怒り”だ。
……なんでだろう。真琴の言い分は珍しくまともで筋が通っていると僕も思ったけど。
「確かに、人を欺き通すだけの演技力。それに手を変え足を変え……先の先まで見通せるだけの判断力が必要ではありますから、適任でございますね」
楓李さんと同じ意見だ。発想力や観察力、それを裏付けるための深く広範囲に渡る知識量を持ち合わせている探偵と同じくらいに犯人もまた“欺き通すだけの”能力が必要となる。決して伊月さんを貶す意味ではないと華澄なら分かると思った、けど。
「あっ……べ、別に真琴さんが愚鈍だと言いたいわけではございませんよ!?」
「うどんがなんて?」
「……」
……楓李さんが珍しく苦笑いをしている。真琴は……きっと悪いこと出来ないだろうな、そんなに付き合いが長い関係じゃないけど、それは多分確実。
「評価されているようでありがたいんだけど……ごめんね、店の事があるから」
雲雀さんが困ったように笑う。……まあ、冷静に考えたらそうだろうね。
こういう接客業って、あんまり休みが取れないって聞くし。
恐らくだけど雲雀さんの場合自営業になるだろうから、接客の時間だけではなく店の準備や仕込みもあるはず。……貴重な休みを割いてまで協力してくれ、なんて言えない。
「そ、そうですよね。……ですが、困りましたね。模擬訓練である以上……犯人役に私達部員を割くというのは」
仕方がないこととはいえ、話が振り出しに戻ってしまった。考えてみたら結構条件が厳しいんじゃないだろうか……?
だって、それなりに頭が良く臨機応変に対応できる人で……かつ、暇な人ってことだもんね。
先日お会いした真琴の彼女……ではなかった人、幼馴染の沙綾さんは、うん。多分真琴といい勝負だ。わ、悪い意味じゃなくって。
それに、澪さんは先日の一件の後から今日にいたるまで検査入院したままだ。事情聴取だってあるだろうからきっと忙しいはず。真琴もろくに連絡取れていないらしいし。
となると、真琴しかいない――
「――ボクがいますよお」
「そうそう……って、ええ?」
「話は聞かせてもらったのデス! だったら、ボクが君たちの敵になりますヨ」
と、思ったその時。カウンターの奥から素っ頓狂な声が聞こえた。
ごく自然に一同の視線が手向けられる。そこには、夜のネオンのようにギラギラとした衣装を身にまとった、派手な装いの青年――楓李さんが解決した例の一件の当事者。アレンさんの姿があった。
「……まだ真琴の方がマシなのでは」
「失礼なっ! 真琴くんよりはマシです!」
「俺が傷付くからそれ以上はやめろ!」
た、確かに暇そうな人ではある。その条件だけは少なくとも満たしていた。この人は駅前でイリュージョンショー(自称)を披露しながら生計を立てているマジシャン(自称)らしいし。雲雀さんと同じ自営業と言えるのだろうけど、自分のスケジュールで動けるタイプの人だ。
だけど、華澄や楓李さんに詰め寄られたら即落ち自供しそうな真琴と、アレンさんとだと……どっちがマシなんだろう?
もう“どっちがマシか”なんて基準で考えてる時点で前提がおかしいけど、それくらい不毛な言い争いになってしまった。
「……じゃあさ、こうしたらどうかな。探偵部は、“あるお宝を守る”という依頼を受けたという設定。で、アレンはそのお宝を奪おうと企んでいるって内容の模擬訓練とか」
他のお客さんの相手をしながらも、僕たちの不毛な議論が気にかかっていたようだ。見かねた様子で雲雀さんが僕たちの席へ足を向ける。
「それならアレンでもなんとかなりそうな気が」
誰かが死ぬ、なんて……設定でも怖いもんね。つまり“怪盗”って事か。だったら、勝敗も分かりやすいし、何よりアレンさんのよく分からなさがそれっぽい。
華澄も、楓李さんも納得したみたいだ。




