4-7
「……もしかして、真琴さん。その、澪さんとおっしゃる方、“身長が女性にしては高い”、“若い女性”でいらっしゃいます?」
辺りを見渡すばかりとなっていた俺の肩を、風見が掴む。その表情はいたって真剣だ。
身長が高い、若い女性……? 正直、こんな時に何を聞いているんだという半ば八つ当たりにも似た気持ちが胸を支配していたが、無碍に突き放す必要もないと思った。
確かに澪は女にしては背が高いと言えるだろう。生物学上は一応男である綾城とあまり変わらないくらいなのだから。
俺が頷くと、風見は“予想的中だ”とでも言いたげに険しい表情を見せ携帯電話を取り出したのだった。
「華澄さん! 例の犯人が出たようですわ!」
一言二言、短い言葉を交わしたようだ。一分も経たない内に風見は電話を切り、制服のポケットへしまい込んだ。
「真琴さん、私達も急ぎましょう。こっちです!」
そして、何一つ状況も掴めないままであった俺の手を引くと校庭へ引き返して行った。
「ここって、幽霊が出るっていう……なあ、悪いけど今は幽霊騒動の事考えてる場合じゃないんだって」
「お静かに」
――俺が連れられてきた場所、それは俺達陸上部が使用している部室の物陰だった。
だけど、部室自体には用がないらしい。息を潜めた風見の視線の先には旧用具倉庫が見える。そう、風見達探偵部の連中が春宮先生から受けたという依頼……幽霊が出るという噂の倉庫だ。
「……なあ、風見……って!?」
もしかしたら、澪は何かの事件に巻き込まれてしまったのではないだろうか。嫌な予感に身をつまされ、いても経ってもいられなくなった俺が風見の傍を離れようと腕を振りほどいたその時。
眩い閃光が薄闇を照らした。
じゃりり、と小石を踏みつけるタイヤの音。どうやら倉庫横の駐車場に一台の車が入ってきたらしい。
光に慣れ始めた目を凝らしてみると、そこには軽ワゴン車のような黒い車両が見える。――どうやら、風見はこの車を待っていたらしい。再び俺の手をつかむと、風見は無数の擦り傷が走る車の運転席側へと歩みより不明瞭なその窓を叩いた。
「古来より、我が国の幽霊というもの足がないというのが通説でございましょうが……この度は足がついてしまわれましたわね」
風見の呼びかけに応じるように、ゆっくりと窓が開く。顔を覗かせたのは三十歳くらいの男。
こう言ってはなんだけど、その肌は沙綾の比にならないほどガサガサで作業着のようなジャンパーにはうっすらと白い垢のようなものが見える。男の顔は同性の俺から見ても控えめに言って気持ち悪い。不細工な男の顔には何故か“怒り”のような感情が浮かんで見えた。
「……な、なんの事ですか? 俺はただの宅配業者っすよ、ちょっと予定に遅れが出ちゃうんで、そこをどいてもらっていいっすかね……」
風見の横に立っていた俺の姿が目に入った途端、男はその表情を曇らせた。風見に対して向けていた“怒り”が“焦り”へと変わった気がした。
俺に対して向けたその言葉は言い訳のように聞こえる。……どう見ても怪しい。
と、その時。俺達が立っている運転席側と反対、誰も座っていない助手席側の扉が突如として開け放された。無論、運転席の男も、俺達も何も触っていない。だが、無遠慮で強引なその開け方に心当たりしかなかった。
「ふん、愚かな。もっと捻った言い訳を考えた方が良いぞ。この車のナンバープレートは黄色地に黒文字。……小規模貨物運搬事業用ならば色が逆でないとな」
……やっぱり、水野だ。どういうわけか、その顔は新しいおもちゃを買ってもらった子供のように生き生きと“楽しい”という感情で溢れている。“どう調理してくれようか”って。……本当に悪役にしか見えない。
「……で、その積荷をどうするつもりだ? 答えてみろ」
「くそ!」
積荷、という言葉が妙に引っかかる。まるでからかっているかのようだ。
その言葉に反応を示したのは俺だけではない。水野が追い詰めている男も同様だったらしい。
男はギアを乱暴にいじるとアクセルを踏みしめる。車を急発進させたんだ!
窓際に立っていた風見がその反動で振り払われ、よろける。俺がその体を受け止めると風見は“ありがとうございます”とほほ笑んだ。お礼を言うのは俺の方……って、いや、何でもないです。
「司! いるんだろう! この私から逃げた事、不問にしてやる! だから」
一方で、助手席側から振り落とされてしまったらしい水野はというと、器用に受け身を取ると声を張り上げている。
「――やれ!」
その命令はいつになく強く、珍しく余裕がないように思えた。当人がそれを感じ取っていたかは定かではない。だが、用具倉庫の影から姿を見せた綾城は深く頷いて見せると――
「……っ!」
手にしていたホースのようなものを走りくる軽ワゴン車に向けて、白い泡のような何かを噴射したのだった。




