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ある日。いつものように部活を終え、部室へと向かっていた俺を珍しい客が呼び止めた。
「あ、真琴さん。お疲れ様です。今からお帰りですか?」
「あ……おう」
ここのところ姿を見かけていなかった風見だ。小首をかしげ、その口元には優し気な笑み。
悪目立ちの水野とは違うベクトルで風見は校内の有名人の一人だ。
お金持ちのお嬢さまであり顔も可愛い。さらに優しくって胸もでかいんだから目立たないはずがない。
俺はこの後、いつも通り澪と帰る予定であった。そりゃまあ、別に澪の性格上他に誰がいようが気にしないだろう。風見も人見知りする性格でもない。だけど、得も言われぬ居心地の悪さ? 気まずさ、のようなものが俺の中には渦巻いていた。
「風見がいるってことは、部長とか綾城は……」
いっそのこと、水野……は存在が危険だから置いといて。綾城でもいてくれたら気まずさが半減するのではないか?
藁にもすがる思いで俺は風見に問いかけてみる。
「現地調査の準備をしているところですわ」
「やっぱり拠点に……って、現地調査?」
現地調査……? ということは、部活の……先日の依頼、“旧用具倉庫の幽霊”の件で、何か進展があったのだろうか。
俺を見上げた風見の表情はどこか困っている風にも見えた。
「俗にいう囮調査というものの準備中……なのですが、司君が逃亡してしまいまして」
「あいつが水野の命令から逃げるなんてよっぽどだ。何しようとしてんの?」
「まあお気持ちは察せますわ……。なんせ、女性の格好をさせて近辺を歩き回らせようというのですから」
「いや何させようとしてんの」
水野……小学生の女児を恐喝しようとしたかと思えば、今度は男子高校生を女装させようとしているのか。さすがに行動が読めなさ過ぎて、これもうむしろ“ただ嫌がらせをしたいだけ”なんじゃないかとすら思えてくる。
「でも、仕方がないのです。私や華澄さんでは条件にそぐわない故」
「条件?」
「ええ……」
条件――そう風見がかすかに言い淀んだことで生まれた静寂。その時、校門の向こう側からドン、という音が聞こえた。まるで車のドアを壁にでもぶつけたような、決して大きくはない音だった。
「今の音……!」
だが、直後。カシャンと金属が落ちるような音と同時に――独特な抑揚と、流れるような語りが静寂を破ったんだ。
「どうかしましたか?」
「落語だ」
「落語……?」
音楽プレーヤーで落語を持ち歩いている奴なんて、そうそういない。
嫌な予感がした。状況が飲み込めないまま、傍らで首を傾げている風見を置き去りに……俺は音が聞こえ続ける校門へと走っていった。
俺が駆けつけるより少し前、確かにそこに澪はいたらしい。アスファルトの上に落ちていた金属製の小箱とそこから伸びる黒いコード、ヘッドホン……それらは確かに澪が身に着けていた物だ。
「澪、いったい何が……!?」
直前に聞こえた、車のドアが何かにぶつかるような音。もしや、澪が事故に遭ったのではないか。俺はとっさにそう考えたけど……それにしては明らかに状況がおかしい。
だって、事故を起こしたと思しき車両はおろか、そこに倒れているはずの澪の姿すら見当たらないのだから。
ぶつかったような音が聞こえてから数分も経過していないはず。だとすれば、落語を置きざりにしたまま澪はどこへ消えたのか? ……状況が飲み込めない。




