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「……ねえ、じゃああなたが“音”になってよ」
「え? ……それってどういう」
「私、いつもこの時間に帰るの。……あなたもそうなんでしょ? だったら、プレーヤーの代わりにあなたの声で私の耳を落ち着かせてよ」
抽象的な言葉を並べながら、彼女が俺の前へと歩み寄ってくる。近くで見ても可愛い……じゃなくって、今なんて言った?
じっと見つめてくる女に視線を返してみる。要するに“落語の代わりに俺が喋れ”という事、らしい。
「……面白い話とかそういうの持ってないけど」
「何でもいいよ。あなたの生い立ちを延々語ってくれてもいいから」
……そういわれると、断る理由がないというか。今日はいつもよりは帰宅が遅い方だけどまあ部活の日はいつも大体これくらいの時間になるし。
それに、ま、まあ? 放っておいたらいつか事故とか事件に巻き込まれそうだし? こういう女、一人も守れないでハーレム作りたい、とか言えないよな。別にこの女が可愛いからとかそういうのは関係なく。
「私の名前は澪。空木 澪。あなたは?」
「ま、真琴。燈村 真琴」
「そう。じゃあ改めてよろしくね、真琴」
澪、そう名乗った女は目を細めて笑う。かの有名な大女優、百人に一人と謳われた高良 京には及ばないけど、女優やアイドルくらいにはなれそうなくらい、可愛い顔が俺の顔を見上げていた。
―――
「まこっち~一生の頼みがある!」
「いいよ」
「そこを何とか……え?」
早速その翌日から、俺と澪との時間は始まった。
いつも通り部活を終えると、校舎に据えられた時計を見上げる。
「……どうせ、早く帰りたい、って事だろ。……良いよ、時間つぶしがてらやっとく」
「え? 話が早すぎて怖い。でも助かる……」
友人、平尾の分の仕事まで片付けるとちょうどいい時間になるんだ。直角お辞儀の格好から戻った平尾は口をぽかんと開けて俺を見上げていた。
校門の横で、澪は待っていた。真っ白な髪の少女の姿は遠くからでも良く目立つ。実際、校門を通り過ぎていく生徒たちはみな驚いた顔で澪を見て行った。
「おーい」
「……ああ、待ってた。帰ろ」
だが、当の本人は目立っている事にも気付いていない。……そりゃそうだ、ヘッドホンで外界をシャットダウンしていたんだもんな。
「どうでもいいけど、敬語はいらないよ。……こう見えて、まだ中学生。真琴より年下だよ」
「まじ!?」
「うそ」
「おい」
ヘッドホンを外した澪がふっと笑う。中学生、と言われたときはさすがに驚いた。若そう、と言いつつもそこまで幼くはなさそうだし。確かに胸はあまりなさそ……これは余計な事か。しかし本当はいくつなんだろう。
「……本当はいくつだと思う?」
「ど、同世代だろうとは思うけど」
白い髪が地毛なのか染めているのかは俺には良く分かんないけど、少なくとも学生ではないんじゃなかろうか。いくら自由な高校であってもさすがに真っ白い髪を認める学校なんてないだろうし。
とすると、何か事情があるんだろうか……。
ま、根掘り葉掘り聞くのも失礼だろう。楽しそうに隣を歩く澪を眺める、すると彼女も俺の顔を見上げる。“小噺を披露してみてよ”と。いや落語は無理だよ澪。でも、こういう時間も悪くないかもな……。
「――また落語?」
「うん」
「音楽とかは聞かないの?」
――その日から、俺と澪の時間が始まった。
「音楽は私に語り掛けてはこないから。勝手に好きになって勝手にフラれて。そこに私という聞き役はいらないでしょ」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
「落語、聞いてみたらいい。……ほら」
「…………面白さがよくわかんない」
会話の内容はいつも些細な事。俺の学校での流行りとか、俺自身の事とか。
何度も勧めてくるから落語も聞いてみた。けど、あの独特な抑揚と、流れるような語り口調には全然慣れなかった。
「――澪はさ、こんな遅くまで何やってるの? 学生?」
「私は学校通ってない。お金が欲しいから、バイトとかやってる」
お互いの事を聞いたり話したり。傍目に見たら大して面白くもない会話をしているんだと思う。だけど――




