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「私達が入学するよりも少しだけ前……今から半年ほど前からでしょうか」
聞くに、旧用具倉庫の中から呻くような男の声が聞こえる事象が起きているらしい。
確かにこの学校の敷地内にはもう使用されていない倉庫があると先輩から聞いたことがある。職員や来客用の駐車場のすぐ隣に、雨漏りするボロボロになった倉庫があると。
「普通、幽霊となると丑三つ時、つまり夜中の二時から二時半頃というのが定番。ですが、本件が少し異なっているのは、声が聞こえる時刻は決まって十九時から二十時前だというのです」
「つまり、今ってことか」
腕時計を確認する。今はちょうど十九時半を回ったところだ。ああ、そういえば俺たちの部室へと続く裏庭の端に例の用具倉庫もあるんだっけか。だから風見がいたってわけか……って、ちょっと納得しかけたけど、え? この子もしかして、俺が声をかけるまで一人で用具倉庫を見張っていたんだろうか。幽霊とか怖くないんだろうか……?
「もちろん不審者の侵入という線が真っ先に浮かび上がります。故に、教職員の皆様が旧用具倉庫近辺をくまなく捜索なさったとの事」
「探偵部が駆り出されてるくらいだ。誰も見つからなかった、って解釈でいいのか?」
俺が問いかけると、風見はこくりと頷く。
「旧用具倉庫の近くにある駐車場には、外部の業者の出入りもございます。それ故に不法侵入も大いにあり得るのですが……盗む価値のあるような品もございませんから、そもそも侵入する理由がないのです」
……確かに。修理するか、壊すかの二択だけを残して放置されたままの倉庫に価値のあるものなんて入っているはずがない。
近くに女子生徒の更衣室やプールなんかでもあれば覗きスポット的な価値が生まれるのかもしれない。だけど……。
さっきも言った通りそこから見えるものと言ったら職員や来客用の駐車場か俺達男子の着替えくらいだ。よほどの変態でもない限りそこに価値なんて見いだせないだろう?
「警備員の方が申されるには、敷地内の他の場所では不審な物音ばかりか外部の者が侵入したような形跡もないそうですわ。最も、彼ら警備の方が入られる夜間の時間帯に限ってですが。……今のところ実害がない為、警察への届は出せないのだそう。ですが、放置するには危うい案件でしょう」
風見はそういうけど。うーん、聞けば聞くほど事件性みたいなものが薄れていく気がするけどな。
なんか、面倒な事件を欲する水野を黙らせとく為の雑務、みたいな……。
別に水野はともかくとして、風見が顎で使われるのはちょっと可哀そうだよな。
“できることがあれば協力するよ”とだけ伝えると、風見は笑顔で答えてくれた。
「まこっち、実はさ……のっぴきならない用事があるんだ、一秒でも早く俺は帰らないといけない。だから後の片づけを……頼む!」
数日たったある日の事。
この日も部活動を終え先輩たちを先に見送った俺たちはいつものように片付けをし始める。ふと、その時仲のいい一人の友人。平尾 清二は両手を合わせたかと思えばほぼ直角のお辞儀をしてきた。
その勢いは風を巻き起こすほど。
うつ向いてしまった平尾の表情をうかがい知ることはできない。だが、その声色はいつになく必死だと感じていた。
「……そ、そうか、何か人に言えない事情が」
一人分の仕事が増えるくらい、大したことじゃない。これだけ焦った様子なんだ、友の力になれるならと言いかけたその時だ。遠くの方で平尾を呼ぶ女子の声が聞こえた。
慌てた様子で平尾は顔を上げる。
「平尾くーん! 帰ろ~」
「あ」
「え」
あれは確か……沙綾と同じ制服。つまり、他校の女子生徒だという事になるだろう。他校の女子がわざわざ一人の異性を名指しで訪ねてくるという事。それが何を意味しているのかくらいは考えなくても分かる事だった。
俺を見上げているその顔には“愛しい彼女の元へすぐに駆け寄りたい”と言わんばかりの逸る気持ちと同時に“俺に対する罪悪感”のようなものが入り混じって見えた。
「……あーもう! 貸しだかんな!! 明日はお前が俺の分まで働けよ!」
遠くでこちらの様子を伺っている女子を見るにつれ、段々と気まずい気持ちになっていった。
だって、向こうからしてみれば俺は“愛しい彼との時間を邪魔する無神経な男”なんだ。




