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――私立 神楽椿高等学校。
乙女乙女した名前が表す通り、ここは数年前まで女子高であった。共学となった現在も保育、調理、美容と言った方面に特化したこの学校は男子より女子の比率が高いというのが現状。
偏差値が高く、進学に強い“狭き門”として有名なこの高校が俺の進学先だ。
「……“1のB”は……ここか」
その狭き門をくぐり抜け、晴れて新一年生となった俺が通う事となるのは“普通科”と呼ばれるクラスだ。普通科は、その名の通り専門的な知識等を含めない一般的な学部で総合的な教育が受けられる学部。だが、その普通というのが中々難しいもの。先述の通り、ここはいわゆる名門校なのだ。
つまり求められている“普通”がそれ相応に高いところに位置しているわけだが――
「……何見てんだよ」
俺が教室に入ると、先に席に着いていた男子生徒の一人がちらちらとこちらを見ていることに気が付いた。
絵にかいたような勤労学生スタイルの男子生徒は、かけていた丸眼鏡を外すともう一度こちらを見つめる。ああ絶滅危惧種でも発見したのかってくらいに見つめてくる。お前、意外とつぶらな瞳をしているんだな……。
可愛い女の子だったら大歓迎だったけど、あいにく男に興味はない。せまっ苦しい机の幅いっぱいに足を広げて座り、腕を組んで見せる。
すると、丸眼鏡は俺の不機嫌そうな気配を察したらしく前へと向き直った。
「クラスメート同士仲良くしようぜ……って無視かよ」
まあ……丸眼鏡が驚くのも無理はないのだが。優秀な高校によく入れたと自分でも思うし。
やればできる……と、言いたいところだが、残念ながら俺は推薦入学枠だ。
こう見えて、俺は足は速い。
中学の頃はこの俊足を生かし陸上部で名を馳せたものだが……女子というのは“トロフィー”より、花形スポーツという“ブランド”に弱いものなんだな。
――そういえば、教室がやけに静かだ。
そろそろ担任の教師が来る頃だろうというのに、教室内は静まり返っている。
不思議に思っているのは俺だけではないようだ。斜め前の丸眼鏡は背筋を伸ばしていた。
一体何で――
「“何で、教室に人がいないのだろう”……と言おうとしているね? 君」
「え……!?」
頭の中でつぶやいた言葉が、一字一句違わないそのままのセリフとして隣から聞こえる。
まるでワイヤレススピーカーのように。
「その顔は当たりだな」
頭の中をひん剥かれ、桜色の想像まで丸裸にされたのではないかと焦ってしまう。
そんな俺をあざ笑うように、声の主は俺の横で腕を組んだ。
「私の名前は、水野 華澄だ、よろしく。真琴君」
丸眼鏡がこちらを振り返る。
お前の言いたいことはわかるぞ。
「……考えてること、そして名前までも。どうしてわかるのか、って顔だね」
――いや、少し違う。
俺が驚いたのは、少女があまりにも綺麗だったからだ。
いわゆる“クール系”と言えるか。細いフレームが光る眼鏡をかけた美少女は、つり目で切れ長な瞳を色素の薄いまつげが覆う。
見るからに華奢な少女の肌は透き通るように白く、触れると溶けてしまう雪のようだった。
「私は超能力者ではない。ではなぜ分かるのか、それは……」
「それは……?」
華澄、と名乗った美少女は組んでいた腕をほどくと微笑む。
真正面から見つめてくる彼女の、眼鏡越しの茶色がかった瞳がまたとても綺麗で。
吸い込まれそうな瞳を前にしたら嘘をつけない。そして、不安さえも取り払われるかのような……。
そんな不思議な説得力があるような気がし――
「私が探偵だからだよ」
――すんません前言撤回させてもらいます。
「ちょっと何言ってるか分かんない」
「え、なんで!?」
絵にかいたような美少女が慌てたように両手をはばたかせる。
俺は最初にクール系と評したが、今ここで訂正させてもらおう。間違いない。
この女は“残念枠”だ。
「――ま、まあ。私がどうして言いたいことが分かっちゃったか、知りたいだろう? ここからが推理ショーだ」
「いや結構です」
「時系列で追おう。まずどうして言いたいことが分かったか。これはごく簡単な事だ。この教室には女子が私以外一人もいない、もうじき予鈴もなろうかというのに」
「勝手に話すタイプかあ」
まあ喋る。どこぞの料理研究家かってくらいによく喋る。
さっきも“探偵”とかなんとか自負していたが、この女には俺が犯人にでも見えているのか?
顔は可愛いのに、自分の眉間に人差し指を当てるしぐさがやたらと多くて話にも集中できない。
顔は可愛いのに。
「――次に名前だ。端的に言えば“入口に貼ってある席順名簿を見た”……これに尽きるわけだが、だが! それだけの材料では、まだ証拠が足りない。そう、“君が赤の他人の席に勝手に座っている”という可能性を否定できないからね!」
「名前を呼ぶだけでこんだけ考える人初めて見たわ」