3-7☆挿絵アリ
気が付けば、噴水はすっかり水を枯らし静寂を取り戻しております。およそ十分ほどのショーと言ったところでしょうか。
広場を見渡すと、大型犬を連れたご老人がゆっくりと歩いており、噴水を挟んだ向かいでは三十代ほどの男性が一人立っていらっしゃいます。まずはどちらかに声をかけてみてもいいかもしれませんね。
――ご老人の方は大型犬をお連れになっていらっしゃいますのだから、散歩で通りかかったと考えるのが自然でしょう。歩みはゆったりとしておいでですが、長く滞在していらっしゃるようにも見えません。ではもう一方の男性は……。
よく見ると、男性の手には片手では余るほどの大きいカメラが握られている様子。観光にいらっしゃった方でしょうか? カメラを収納していたと思しきカバンを肩から提げている男性の足元には大きなカバンがもう一つ見えます。
――いや、観光の方であっても、声をかけるべき価値がありそうです。
「失礼、少々お話よろしいでしょうか? もしかして貴方はカメラマンの方でいらっしゃるのですか?」
男性は駅舎を撮影していらっしゃったのでしょうか。そのレンズから目を離された瞬間を狙い私は声を掛けます。男性が手にされたカメラは遠目に見ても良いお品でした。つまり、写真撮影自体が目的である可能性が高い。ずっと撮影をされているのであれば何か手掛かりが掴めるかもしれません。
「そのカメラ、かなり良い品とお見受けいたします。単焦点レンズ、ということは遠景というよりこの駅舎をメインで撮影なさっているのでしょう?」
男性は私の言葉にしっかりと耳を傾けて下さいました。
単焦点レンズはその名の通り、焦点が固定されたレンズ。ズームレンズと違い焦点となる地点を自らの足で決める事でより自らの個性を演出することのできるレンズで、拘る方は複数の種類を持ち合わせ目的に応じてアタッチメントのように一眼レフカメラに付け替えると聞きます。
「……お嬢さん、詳しいね。でも、俺はただの下手の横好き。ホームページって分かる?」
なるほど、そういえば最近はインターネット上に自分のギャラリーを開設するように、ホームページを作成して作品を展示する方が増えているそうですが……この方もそういった趣味の方、ということでしょうね。
「……この駅舎、歴史があっていい建物だろう? 俺は、いつもこの辺りで駅舎を撮影しているんだ」
男性はそう答えながら、足元に置いてあったカバンから三脚を取り出し始めました。どうやらこの方はこの辺りにお住いの方のようです。カバンの中には他にも撮影の機材と思しき骨組みが綺麗に整頓されているようでした。
「そうなんですか。あの、もしご迷惑でなければお写真を拝見させてはいただけませんか? 私の携帯電話ではホームページを見る事が出来ないので」
「ああ、今日撮ったものでよければ」
それらしい理由をつけてお願いしてみると、男性は快く承諾してくださいました。
近頃のカメラというのは便利なもので、古き良き、フィルム現像式の一眼レフのような形でありながらデジタルカメラのようにモニターが埋め込まれています。覗き込むと、そこには見上げるような構図で臨む駅舎の屋根と青空の写真やひと時の曇天に沈む広場、黄昏時の噴水と道行く人々――時の流れを閉じ込めたような美しい静止画が次々と流れていきました。
どの写真も美しい被写体で絵画のような構図、ですが同時に妙な違和感も覚えました。
まるでパズルのピースが欠けているような――
違和感の正体に辿り着けないまま、ですが私はついに一枚の写真を見つけ出しました。
日光を浴びてきらきらと舞い上がる水しぶきと、その傍らに佇むは長い黒髪を風に預けた一人の少女――そう、件の少女。
噴水が動いている。となると時刻は十二時か十五時のどちらか。ですが駅員さんの証言を思い出すにこれは十五時の写真ということになりましょう。
アレンさんと少女が邂逅した直後ということでしょうか。噴水の水しぶきに焦点を当てている為、ぼやけた世界に溶け込むようにして立っている少女の顔は定かではない様子。……ですが、その服装は今まで得た証言の通りTシャツにズボンというラフな服装だと分かる。手に荷物のようなものもありませんね。
「――随分と熱心に見ているけど、その写真がどうかした?」
「あ、いえ……えっと、いい写真だなと思いまして。……この女の子は良くこの辺りに来られるんですか?」
「ん? ……いや、多分初めて見たかも」
「この後、どちらに向かったかとか分からないですか?」
「いや、ずっと駅を撮っていたからね……覚えていないや」
日が傾いていくにつれて自然と私の心も焦っていたのでしょう。それが伝わってしまっていたのか男性も“どうかしたの?”と首を傾げていらっしゃいます。
「……ありがとうございました。どれもいい構図で、映り込む人々と四季の移ろいを感じられるいいお写真でした」
「お嬢さんは人を褒めるのがうまいな。……俺はいつもこの辺りにいるから、君も写真に興味あるならまたおいで」
広場の片隅で先ほどの大型犬が吠える声が聞こえます。それと同時にアレンさんと思しき叫び声も。……まずは真琴さんたちと合流することとしましょう。
「ふーりん! まこち!」
「沙綾! ……何、その荷物」
まずは土産物屋で聞き込みをしてきた沙綾さんの情報を……
と、思ったのですが話が頭に入ってきませんね。その両手に提げられたたくさんの紙袋がまず目に入ってしまいます。真琴さんも同じ意見だった様子で、その紙袋を訝し気に覗き込んでいました。
「いやいやいやいや! お店に入るんやったら何か買わんと失礼やろ! はい、ふーりんにもお土産! 安心しい、まこちの金や」
「いやおい」
差し出された紙袋の一つ、受け取った私は中を何気なしに覗き込みます。どうやら中身は箱入りのお菓子、つまりこの辺りのお土産物のようです。
「有力な情報は得られんかったけどな、お菓子は大量ゲットしたしええやろ!」
「いやいや何一つ良くない! お前、遊び歩いただけって事じゃねえか!?」
「なんや、じゃあそういうまこちは何かゲットしたんか?」
「……いや」
お、お二人の喧嘩を止めるべきなのでしょうか?
私がおろおろとしていると傍らのアレンさんが“犬も食わぬデス”なんて仰りながら制します。
犬に食われかけた人が言うなんて、少し扱いに困る発言ですね……。
「ほらー! 世の中結果がすべてや! ウチはふーりんにお菓子をあげた! 結果を残したで!」
「俺の金って言わなかった?」
――ん? あ、そうか。
「そう、そうですわ! 私、複雑に考え過ぎていたのかもしれません」




