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私立・神楽椿学園探偵部の事件ノート  作者: サトル
1.神楽椿学園にようこそ
2/71

1-1☆挿絵アリ

挿絵(By みてみん)

 

「おっはよー」


 ――一九九X年、四月。とある日の朝。

 桜の舞い散る道、春のすがすがしい風を頬に感じながら歩く俺の背中を誰かが叩く。


「……なんだ、沙綾(サアヤ)か」


 にい、と歯を見せて笑ったこの女、名前は氷川(ヒカワ) 沙綾(サアヤ)。つり目がちでぱっちりとした黒目の大きな瞳に日に焼けた小麦色の肌。

 健康的と言えば聞こえはいいが……肌も髪も少し傷んで見える。

 ――今ドキ、男でもやらないようなベリーショートヘアスタイルで部分的に脱色したとげとげしい頭。


「なんだ、とはなんやの。何なん? その頭……あ、もしかしてウチの真似? 先週までザ・根暗って感じの顔しとったんに? ははん?」


 “もっと敬え”と言わんばかりの得意げな表情で沙綾が見上げてくる。長い付き合いのせいなのか、こいつの言いたいことは顔を見るだけで分かるようになってしまった。

 ――ピアスが開いていないのが逆に不思議なくらいの悪そうな外見をしたこの女……こいつは、俺の幼馴染だ。


「……根暗じゃねえし!」


 俺の名前は燈村(ヒムラ) 真琴(マコト)。……となりでにやにやと笑う紗綾と同じ十六歳だ。

 高校に進学するこの日をきっかけに俺は“ある決意”を胸に秘めていた。

 彼女いない歴がお察しの俺は……あ、言っておくが隣で笑いをこらえている紗綾は恋人どころか友達とも思いたくない腐れ縁だからな。


 ――物心ついたころから、俺は“相手の心が読める”ような気がしていた。

 とはいえ、超能力者! とかそういうものではないのだろう。……漫画何かでよく見かけるような“何もしていなくても相手の声がテレパシーで送られてくる”とかではないのだから。

 ただ、今のように……相手の顔を、表情の変化・かすかな瞳孔の揺らぎ・喉のなる音を見ているとその先の言葉が“こうなんじゃないか”と察せてしまうのだ。


「よー言うわ。あんたが“清楚な子が良い”とかぬかしよるからウチが紹介したったやん! その子とはエッチどころか手も繋げんと別れたんやろ」

「だったら言わせてもらうけどお前が紹介したやつ、清楚どころか――」


 中学までの俺は女子とまともに話せなかった。だって、沙綾のような特殊な馬鹿……じゃなくて、サバサバしたゴリラ女でもない限り、大体の女子は本音と口先の言葉がまるで一致しないから。

 沙綾が紹介してくれた女子は、どの子も確かに優し気で落ち着いた格好をしていた。だけど、そういう子に限って他人の事を踏み台程度にしか思っていなかったり……俺はすっかり怖くなってしまっていたんだ。


 だが、そんなこそこそと怯えて逃げ回るような日々は中学に置いていく、と心に決めた。

 ――派手な色に染めた髪を頭に撫で付け、ばっちりと髪型を決める。


 ああ、今の俺は控えめに申し上げてかなりのイケメンだ。イケメンな――


「――ああ、そうそう。なんやまた出たらしいで。“世紀末のなんちゃら”」

「……俺、今かっこよく決めてたのに」


挿絵(By みてみん)


 それぞれ違う真新しい制服に身を包み、俺たちは住宅街を歩いていた。ふと、差し掛かった公園を一瞥すると紗綾は声を潜めた。


 ……この女はいつもこうだ。俺の話を聞いているようで聞いていない。話を振っておいてオチも拾わずに次から次へと興味を移ろわせやがる。

 隣町に今はやりの南国系雑貨扱ってる喫茶店が出来たとか、次に流行るアイドルとか……ついていけないままの俺はいつも振り落とされる。ほら、俺のわざとらしいため息すら無視して次の話題を広げ始めやがった。


「犯人、やっぱこの辺の人なんやろか。昨日はそこの公園で女の人が殺されたらしいで……ほらまだ警察がちょこまかしよる」

「……興味ない」


 紗綾の今の興味、それは“世紀末のゾディアック・キラー”と呼ばれる連続殺人鬼だ。


 ――ここ数年、俺たちが住むこの町、桑港(ソウコウ)町では連続殺人事件が多発していた。

 その手口はどれも残忍で計画的。そして一貫しているらしい。被害者は十代後半から三十手前までの若い男女。

 溺死あるいは、絞殺といった具合に殺害方法はバラバラなようだが……“その先”は一貫している。

 そう――いずれの遺体も絶命させられたうえで目玉をくりぬかれ、男は陰部を、女は腹を裂かれるという無惨な姿で発見されるんだ。


「ま、カッコつけた言い方しとるが、実際はカッコ悪い犯人やで。男のちん」

「言葉に出すな! ……たく、だからお前と離れたかったんだよ」

「ああん?」


 犯人は若く美しい女。いやいや実は見目麗しいイケメンが――とかなんとか。犯人像の“プロファイリングごっこ”や出会ってしまった時の撃退法とか。

 何が面白いんだか、俺にはさっぱりわからない。もし自分が出くわしてしまったら……なんて考えたくもないくらいだ。だが……隣で唸っている紗綾のように、人々の興味はこの猟奇殺人鬼に注がれている。


 ――やがて人々は正体不明でセンセーショナルな殺人鬼を、二十年ほど昔に起きた実在の未解決事件に準えこう呼ぶようになった。


 “世紀末のゾディアック・キラー”と。



「――あ、ウチの通う学校あっちだから。まこっち、くれぐれも気を付けや」


 大通りに抜けると、町の空気が変わった気がした。この日が入学式であるという事も手伝ってか見慣れた風景もさわやかな別世界に思えていた。


「へいへい。……って、何を気を付けるんだよ」


 小・中と同じ学校に通っていたのだが、紗綾と俺は進学先が違う。

 つまりこの交差点がそれぞれ新しい学び舎への分岐点となっているのだが。立ち止まった紗綾は俺の顔を見上げるとまたにやりと笑った。


「……犯人はとんでもない美少女だって噂もあるんやで?」

「はあ」

「“傍にいてほしいの”……なーんて甘い言葉で寄ってくる女に“大事なもん”さらけ出した途端に切り取られんよう気をつけやってこと!」

「ば……っ」


 本当に品のない女だ。そして余計なお世話だ。

 紗綾の後ろ姿を見送ると、俺はただため息を落とすほかなかった。


「これから始まる高校生活。俺は――」


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