2-3
「……なんで俺も同伴させられてるんだよ」
「責任を取れといっただろう」
「責任って……」
放課後。僕と華澄、そして真琴と三人で楓李さんが指定した教室へと足を運ぶ。
食育科だけは他の学部と違い、後から創設されたっていう新しい学部であるそうだ。教室はまだ真新しい別棟の校舎の中にある。
男子生徒はあまりいない。まだ生徒たちが残る校舎内には女生徒の姿が多く散見している。
真琴がきょろきょろと見渡している。一番後ろを歩いていた華澄が“女どもはお前じゃなく司を見ているから期待しない方が良いぞ”なんていうものだから、何故か先頭を歩く僕が叩かれた。
「あれ? いない」
開け放されたままだった扉から教室の中を覗き込む。数人の女生徒が残っているようだけど、楓李さんの姿はないようだ。
「……あ、もしかして風見さんを訪ねて?」
席を外しているのだろうか、なんて真琴がぼやく。ふとその時、教室内に残っていた女子の一人が僕たちの元へと駆け寄ってくる。
真琴の後ろに思わず隠れてしまったけど、代わりに華澄が前に出てくれたのできっとそんなに怪しくは見えなかったはず。
「風見さんね、お昼に職員室に呼ばれてて……急用とかで慌てて帰っちゃったみたいなんだ。これ、“司君に渡して”って預かってたの」
「……僕?」
……隠れたのに、結局前に押し出される格好となってしまった。仕方ない。
手紙を受け取る。春の花が華やかに咲き誇る上品なデザインの便せん。紙だけじゃなく何か入っているのか、ほんの少し重たい封筒からまずは一筆箋を一枚抜き取った。
綾城 司様
急啓
大変申し訳ございませんが、急ぎの用により先に帰らなければならなくなってしまいました。
つきましては、また追ってご連絡致しますので、その際にお話を聞かせて下さい。
勝手なお願いで申し訳ありません。
――綺麗な文字がバランスよく並んだ手紙に目を通す。
なんだろう……少しだけ、引っかかる。
「見てもいいか?」
何かが引っかかる、おかしいと思ったけど……どこがおかしい。なんて答えにはまだたどり着けない。僕が怪訝な表情をしていたと思ったのだろうか、遠慮気味に離れた場所に立っていた真琴が肩を叩く。
別にみられて困る内容でもない。手紙を差し出すと、割り込むようにして華澄が覗き込んできた。
「丁寧な文章だこと……? あ。もしかしたらさ、配慮したんじゃない? “あの場では断りにくかったから、お茶濁しつつ逃げよう”的な」
「対面詐欺の回避法……ってバカ! 誰が詐欺師だ!」
華澄と真琴が漫才をやっている横で、僕はまだ考える。
真琴の言うことももっともだと思う。僕だって、見知らぬ相手から変な勧誘をされたら……きっと相手を刺激しないようにやり過ごし、角が立たないように逃げてしまうと思うし。
本当に急用で慌てて認めたのだとしたら走り書きされていそうなものだけど、この手紙は丁寧に書かれている。だけど、何かが……あ。
「どうした、司」
「……これ、続きがあると思って」
「ん? ……おかしなところはないけど」
丁寧な文体で書いてあるからこそ不自然なんだ。僕の様子を察した様子で真琴が首を傾げていた。
「“締の言葉と差出人の名前がない”って? ……締の言葉って何?」
口にせずとも伝わった……けど、意味は伝わらなかったらしい。ああ、そうだよね……。そんなに使わない言葉だから。
「手紙などの相手に差出す書面のマナーのようなものだよ。“拝啓~様”なんて書き出し文は良く聞くだろう? そういった文章は結語までがセットとなる」
だけど、僕が説明するよりも先に。なるほど、なんて微笑みながら華澄が補足で説明してくれた。
僕が無理にしゃべらなくても察してくれる人たちだから、楽だなと思ってしまう。
「急啓、つまり急ぎのお手紙失礼します……なんて意味だったか? 結語は敬具、あるいは早々、かしこだろう」
「そんなの慌てて忘れただけじゃねえの? 急啓~つってクセみたいな感じで書き出したはいいけど、文章まとめるほど時間がないことに気が付いた、とかさ」
「……いや、おそらく意図的だ。見てみろ」
いつの間にか僕の手から封筒を奪っていたらしい。華澄がため息を落とした。
手紙を取り出した後の封筒は左右に揺する度にチャリチャリと音を鳴らしている。
「二十円……?」
封筒を手のひらの上でひっくり返して見せると、中からは二枚の十円玉が転がり落ちる。
硬貨を握りしめると、華澄がこらえきれない様子で笑い始めた。
「馬鹿にしてくれるものだ。これはあの女からの挑戦状だな」
「……なんでそうなるの?」
……ああ、そういう事か。確かに彼女、江戸川乱歩の名前を出していたもんね。