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私立・神楽椿学園探偵部の事件ノート  作者: サトル
2.神楽椿学園のお嬢様
13/71

2-2☆挿絵アリ


「燈村 真琴ぉ!! 先刻の辱め、貴様が忘れようとこの水野 華澄は忘れない! 責任を取りたまえ!」


 ――始業の五分ほど前。真琴は駆け込むようにして教室に入ってきた。

 ツカツカと近寄ると、華澄は真琴の両腕を掴んで声を張り上げている。にわかに教室内がざわつく。そりゃそうだよ、言葉の選び方がどう切り取っても悪い。ああ、やっぱり真琴も気まずいのか、教室内を見渡している……。

 ……目が合ってしまったけど、つい反射的に逸らしてしまった。でも僕だって彼女を止めることは出来ないんだ、許してほしい。


「ひ、人聞きの悪い! ただ部活の勧誘断っただけだろ!? せ、責任ってなにさ!」


 華澄に負けないくらいの大きな声で真琴が言い返している。

 彼がこの学園を選んだ理由はよく分からないけど、きっとこんな形で悪目立ちはしたくないはず。そう思うと、不運というかなんというか……。

 そんな事を考えていると、ふとこちらに足音が迫ってくる。どうやら人の同情をしている場合じゃないみたいだ。


「真琴。良いか、良く聞け。もう一人目をつけている部員候補がいる。……責任を取って、そいつを取り込め」

「セリフが悪役のそれじゃねえか」

「司、まずは君の“仕事”だ。……昼食を終えたら私についてこい、良いな」


 当人なりに扱いを区別しているつもりのようで、僕に対して華澄は強い命令口調を投げつけることはしない。だけど結局のところ根幹は一緒なんだよね。そう“拒否権はない”と。


 まあ、別に良いんだけど。僕がこくりと頷くと、真琴の大きなため息が聞こえた。




 昼休み、華澄は真琴を引き連れ廊下の陰に身を潜めている

 目の前には図書室が見える。実は僕も華澄が言う“部員候補”についての情報は与えられていなかった。……だけど、おおよその予測は出来ていた。


 昼休みに図書室を利用するような人、つまり勉強熱心であるか本が好きな生徒であるはず。

 加えて、華澄が求めるものを持っている人物なのだから――


「……普通に可愛い子、だな」


 華澄が“静かに”と真琴の口を手で押さえている。真琴の顔が見る見るうちにゆであがったタコみたいな赤色に染まってしまったのは、息苦しさのせいじゃないんだろうな。


「……風見(カザミ) 楓李(フウリ)。私達と同じ高校一年生。食育科に在籍している。ここ、神楽椿学園は私立高校であるが……あの女はこの学園の創立者一族の娘だそうだ」


 図書室の扉がスライドし、一人の少女が姿を見せる。クリっとした目と白い八重歯が覗く顔立ちは、少し気が強そうな……お転婆そうな印象を見る人に与える。

 だけど切り揃えた前髪と白い肌、腰まであろうかという長い髪を上質なリボンで一つに束ね優雅に歩き出した後ろ姿はまるでペガサスか何かのようで、やはり育ちが良いのだと再認識できた。

 ……やっぱりそうだ。


「……ああ、お嬢様的な。ってことはお前まさか」

「そう。手中に収めておくにこれほどうってつけな存在もいないだろう? 金と……そして校内での権力も保持できるのだから」

「ねえやっぱり俺たち悪役じゃない?」


 僕は彼女の事を知っている。それは、お金持ちの有名人だからなんて理由じゃない。

 ずっと昔に――


「……司、あとはわかるな」


 ――ふと、思考を遮るように華澄が僕の肩をつかんだ。

 ああ……仕事っていったもんね。そういう事なんだ。

 にこにこと笑っている華澄の顔を見ていたら、真琴のような能力を持っていない僕でもすぐにわかった。


「って、ええ? つまり早い話がナンパじゃねえか! こいつで大丈夫か……?」

「むしろこいつでなくてはいけない。君だと“カツアゲ”にしか見えないだろう」

「辛い」


 “相手の本音と、好感を引き出す事”――それは臆病になってしまった僕が手に入れた身を守るすべ。てっとり早く、華澄は僕にスカウトをしてこいと言っているんだ。

 だけど――


挿絵(By みてみん)


「――あの、何か御用でしょうか」


 華澄は僕と彼女の関係を知らないから、そんな簡単な事が言えるんだ。

 声が出ない。何も知らない彼女は困ったように首を傾げている。


「ぶっ……活動に興味はありませんか」

「……はい?」


 噛んだ。そして切り出しの一言としては完全に失敗。だって、そんな聞き方をしたら最初から目的が丸見え。


「ええと、部活動ですか? そうですね……今のところ、文芸部か美術部で悩んでいるところです」


 よほど頑固な人でもない限り、たいていの人間は無意識下のうちに先に与えられた刺激に影響を受ける。

 暑い日にはアイス、なんて深層に植え付けられたイメージに支配されるがままにアイスを買ってしまうように。

 逆に“寒い日にこそこたつでアイス”という触れ込みに影響を受けたりしながら。

 ……そう、まずは無関係そうな話題から入るべきのんだ。軌道修正が――


「探偵活動とか興味ないですか」

「探偵……」


 あ。完全に今怪しい人だ僕。楓李さんが目をぱちくりとさせてこちらをじっと見ている。視線が痛い、帰りたい。


「探偵、ってあの、名探偵の明智小五郎のような? 部活動、という事は少年探偵団の方が近しいでしょうか」

「だ……だいぶ遠い場所からのスタートですけど」


 怪しい人がいるって逃げ出されてもおかしくない状況だったにも関わらず、楓李さんは僕の言葉を丁寧に拾い上げると微笑んでいる。かの文豪、江戸川乱歩の名前を取り上げるあたりは流石文学少女……ちょっと高いところにいすぎて、申し訳ない拾い上げ方ではあったけど。


「……司君は探偵部の方なんですね?」

「ま、まあまだ創部も出来てないから、仮、ですけど」

「ふふ」


 とかなんとか、次の言葉を探していると……楓李さんは胸のあたりで両手を重ね、何か思いついた様子で微笑む。真琴だったら、今彼女が何を思っているのかわかるんだろうな。少しだけうらやましいような……いや、きっと僕だったら怖すぎて耐えられない。


「少し、面白そうですね。良かったら今日の放課後にでも詳しくお話伺えませんか?」


 今なんて? 面白そうって言ったような……?


「ああ、授業の支度をしなければ。……お手数おかけしますが、放課後に“食育科”の教室まで来ていただけませんか?」


 いや、間違いない。少なくとも“話を聞いてもらえる”んだ。確たる拒否ではない事だけは確かだ。

 良かった。華澄に怒られなくって済む……。


「なんて? あの女、なんて?」

「……いや、こいつの顔見たらわかる。“手ごたえあり”だとよ」

「おお! 流石客寄せパンダ!」


 柱の陰で身を潜めていた二人の元へ戻ると、僕が口を開く前に真琴が代弁してくれた。

 気が早いことに、華澄はもう創部届の記入事項を埋め始めていたらしい。


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