幽霊物件をさがして(先野の場合)
もうそろそろ桜が咲き始める三月の終わりは、春とはいえまだ風が冷たい。
先野はスクーターに乗って目的地へと向かっていた。着込んだブルゾンが体を丸く見せていた。
ネットで直接見つけられる霊媒師など依頼者は望んでいない。だから別のルートから探すのだ。それで思いついたのが不動産屋だった。
不動産屋には事故物件を扱わざるをえない店があるだろう。事故──すなわち、自殺や殺人などが起きた賃貸部屋で、それがわかると店子が嫌がって借りてくれない物件だ。格安なのでそれと承知で住む者もいるが、なかには事件後に幽霊が出るようになった部屋もあると聞く。
その除霊のために霊媒師を雇ったとなればその信頼性は高いのではないかと踏んだのである。
幽霊など、38年生きてきてただの一度たりとも見たことはなかった先野だったが、幽霊の存在は疑っていなかった。極めて客観的な証言により、おそらく存在はするのだろう、と考えていた。それはちょうど、クォークが目に見えるわけではないが、その存在を仮定すると、観測される痕跡と合致するので実在するはずであろうという理論物理学を理解するのに似ていた。
原田と二人で手分けして、片っ端から不動産屋を当たることにした。
「事故物件……ですかぁ?」
いきなり切り出す先野を、個人営業の町の不動産屋の店主は、店先のデスクで読んでいた新聞を折りたたんで置くと、イスを回して皺深い顔に怪訝な表情を浮かべて見返した。
「あるにはありますよ。安いのがいいというなら、そういう物件も紹介しますが、いいんですか?」
「もしかして、幽霊が出る?」
「幽霊は出ませんけど、気持ち悪くないですか?」
「殺人事件でもあったんですか?」
「いえ、病死ですよ」
店主のオヤジは、思い出したかのように紙巻タバコに火をつける。盛大に紫煙を吹き、
「その人、まだ三十代だったんで、まさかと思いましたよ。ひとり暮らしでね、ある日、勤め先から三日も無断欠勤しているって、こっちへ連絡があってね。合い鍵持って行ってみると、亡くなってたんですよ。警察が来て、病死と判断されたんですが、これが一人暮らしの高齢者だと、どこからも連絡がこないままで、一ヶ月ぐらいしてから、隣の部屋から異臭がするって、電話があったりする。もうそうなったら部屋を貸せるほどに復旧させるのは不可能でねぇ……。腐ってウジ虫の湧いた遺体から染み出た脂が床に染み込んで、あの死体を見たら半月はメシがのどを通らんかったなぁ。いくら消毒しても部屋から臭いが消えない。こうなっちゃリフォームをあきらめるしかなくなる。賠償してもらおうにも遺族がいなかったり、見つかっても、関わりたくないといって遺体すら引き取らなかったり。だから高齢者の独り者には部屋を貸したくないんだよな……」
いきなり生々しい話だった。
「それでも借りたい?」
この不動産屋は意地悪な性格らしい。
閉口していた先野は、
「いえ、私が用事があるのは、幽霊のほうでして……」
「物好きだねぇ、あんた。幽霊と同居したいなんて」
と、砕けた口調でオヤジ。
「いや、そうじゃないんです。部屋に出没する幽霊を除霊した、という霊媒師を探してるんですよ」
「はぁ……?」
部屋を探しにきたわけではないと知って、店主はあきれる。
「いや、私は興信所の探偵でして。霊媒師を探してほしいという依頼を受けまして──」
「だったら、なにも言うことはないな」
オヤジは先野の言葉をさえぎった。
「幽霊が出たなんて物件、うちは扱ってないから」
「どなたか、知り合いの不動産屋さんで幽霊物件の話、聞きませんでした?」
「それもない。残念だったね」
ばからしい、といった様子の店主。幽霊の存在など論ずるに値しない、という態度があからさまだった。
「そうですか……。それはどうもお邪魔しました」
先野が帰ろうとすると、
「探偵さん──と言ったね」
店主は呼び止めた。
「本物なのかい?」
先野はブルゾンのポケットから名刺を取り出し、
「もしもなにかお困り事がありましたら、こちらへご連絡ください。万事解決いたします」
名刺を受け取ったオヤジは、老眼鏡をかけてじっと読み、
「万事解決って、霊媒師も見つかると、マジで思ってるわけ?」
「マジで探します。なんとしても見つけだしますよ」
「ほーお……。ま、幽霊はともかく、ウチみたいな半分ヤクザな商売をやっているとね……なにかと厄介なことに関わることが多くてね。もしなにかあったら相談させてもらうよ」
「いつでもご相談ください。きっとお力になります。お困りの際はぜひ、弊社『新・土井エージェント』まで」
営業セリフを残し、先野はガラスドアを押して店を出ると、外に停めていたスクーターにまたがった。
不動産関係のややこしい依頼はたしかに多かった。とくに遺産がからむと人間醜くなる。欲に目がくらんで、そうなるともう見境がない。たぶん、そんな例をこの店主は幾度も見てきたのだろう。
(またここへ来ることになるかもな)
ヘルメットをかぶって、先野は不動産屋をチラ見した。




