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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
誰にも言えない秘密の隠し子?
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豪雨の中の出来事

 三条は、中学校の下校時間までの間、あの少女について聞き込みをしていた。

 少女自身のことではなく、あのもじゃハウスについてだった。あんな特徴のある家なら、近所でも有名なはずで、商店を中心に聞いてみた。だが成果はなかった。

 空き家だというのだ。

 交番に聞いても空き家だという返事だった。空き家なのは間違いないようだ。

(となると、不法入居しているのか──? いや、そんなばかな……)

 三条の頭のなかで、さまざまな可能性が思い浮かんでは消えていった。納得のいく仮説はでてこなかった。

 コンビニの駐車場に停めた社用車のなかで、あのもじゃハウスについてネットで調べていくが、住人に関する情報はまったくでてこなかった。

(先野さんは、なにか有用な情報を得られたかしら?)

 そう考えている自分に気づき、三条はちょっとばかし反省する。自分のやれることを精一杯するのが顧客の信頼に応えることであるのに、他力本願でどうする。

 気を取り直し、もうこうなったら直接少女本人に質問するしかないと決意する。所属芸術事務所に影響があるような問題があるとしたら、その家族関係だろう。たとえばとんでもない借金があるとか。空き家だと言われている家の謎も、直撃して訊けばはっきりする。あの少女がTYの息子と知って付き合っているのかどうかも──おそらく人目をはばかって深夜に会っているところから、知ってはいるのだろう。そのうえで、どこまでの関係なのかを聞き出す──もうそれしかない。

 三条はスマホの時刻表示を見る。下校時間だと見当をつけ、コンビニの駐車場を出た。もじゃハウスの前で待つことにして、クルマを向かわせる。

 いつの間にか空が暗くなってきていた。空を覆う雲の色がどす黒く、これはひと雨きそうだな、と思った直後、フロントガラスに大粒の水滴が当たり始めた。それは瞬く間に大雨となり、ワイパーを作動させても前が見えないほど。白くけぶる視界に映る道路が見えづらくなって、三条はアクセルをゆるめる。ヘッドライト、点灯。

 わずかに傾斜のある道路は、雨水が川のように流れている。その水量は見る見るうちに増えていった。いわゆるゲリラ豪雨というやつである。気象庁が短時間大雨情報を発表しているだろう。

 雨は大滝のように激しく、三条の運転する軽自動車は、道路を覆う大水の流れに逆らえない。

 ハンドルを取られた。ブレーキが効かない。

「こんなことって……!」

 クルマが流される。三条は呆気にとられるが、呆然としてはいられない。

「くっ……!」

 歯を食いしばり、なんとかその場に踏みとどまろうとして、ギアをバックに入れるとハンドルを限界まで右にきり、アクセルとブレーキを同時に踏み込んだ。サイドブレーキを引く。

 前輪駆動のタイヤは悲鳴をあげて、クルマは道路に対して直角に向きをかえた。流されるスピードは落ちたが、しかし止まってはくれない。

 交差点にさしかかった。

(今だ、行け!)

 三条はアクセルを吹かした。バックモニターがガードレールの切れ目を捉えている。

 クルマは水に流されながらも、かろうじて交差点の外へと尻をつきだし、ガードレールにひっかかって停止した。ガコン、という金属音がしたが、クルマの傷を気にしている状況ではない。

 豪雨で薄暗いなか、坂の下に鉄道の線路の下をくぐるアンダーパスがかすかに見えていた。どうやらすでに水が溜まり始めており、このまま流されればクルマごと水没してしまうところだった。

(おや……?)

 ところが、目を凝らして見ると、アンダーパスにはすでにクルマが一台沈んでいて、水面から屋根が顔を出していた。

(いけない!)

 三条はスマホをカバンから取り出す。消防署に連絡して救助に来てもらわなければ。しかし雨は激しく降り続いており、救助は期待できないかもしれない。それでも──。

 スマホの通話ボタンをタップしようとしたとき、外が光った。雷のような一瞬の輝きではなく、照明のように継続的に明るい。

 するとどうだろう、アンダーパスに沈んだクルマがその光に包まれながら坂を登っていくではないか──。三条は瞠目する。

(なにが起きているの?)

 そのクルマには五十代と見られる婦人が乗っていたが、ぐったりとして運転しているようには見えない。にもかかわらず、クルマは坂を登っていく。

 クルマが停止した。三条の乗るクルマから二十メートルと離れていない。よく見ると、タイヤが地面を噛んでいなかった。光をまとってわずかに空中に浮かんでいるのだ。

 三条は息を飲んだ。人智を超えるなにかが起こっているのは確かだが、その正体がわからず体が震えた。

 そこへ、一人の少女が駆け寄ってきた。雨の勢いは一時の激しさから少しはましになってきてはいるものの、まだ盛大に降り続いており、セーラー服がずぶ濡れだ。

 三条はその顔を認めて目を見張る──調査対象ターゲットだった。

 川のようになっていた道路は、その流れが少しずつ穏やかになって、わずかに空中に浮いていたクルマは地面に降りた。少女がドアを開くと、車内の水が排出される。運転席の女性を調べ、生きていることを確認する。スマホを手に取った。救急車を呼んでいるらしい。

 三条は雨もかまわずクルマから飛び出した。たちまちスーツが雨を吸う。

「天川さん!」

 呼びかけた。

 振り返った少女に向かって、三条は叫ぶように言った。

「教えてほしいことがあるの! ゆうべ男の人──山丸剛毅と会っていたでしょう?」

 少女は向き直り、まっすぐ三条を見る。降りしきる雨を気にするでもない。

「おねえさんは、だれ?」

「わたしは三条。探偵よ。ある人に頼まれて、あなたが何者なのか調べてるの」

 そう言うと、少女は澄んだ瞳で見つめ返してきた。そしてどこか納得した様子で返答した。

「わたしはライム。天川はこの町での名前。そう……探偵さんね……。きのうから人の気配を感じるな、と思ったら、そういうことだったんだ……」

 中学生とは思えない聡明さを感じさせる口調だった。

 それにしても、ライム? この町での名前……? 三条の頭に疑問が瞬間的に浮かんできて、

「あの空き家に住んでるって、どういうことなの? いいえ、そんなことより、山丸剛毅くんとのことを話してくれるかしら」

 訊きたいことは他にもあったが、まずは仕事を優先する。

「ああ、そっちね……」

 ライムはうんうんとうなずく。

「いいわ。話してあげる」

 口の端をほんの少し曲げて。

 しかし少女の口から語られたのは、にわかには信じ難いことであった。


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