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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
誰にも言えない秘密の隠し子?
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芸能記者・横塚

「おいおい、こっちは仕事中なんだぜ」

 電話の相手は困惑を隠そうともせずそう言った。

「そいつは奇遇だな。おれも仕事中だ」

 悪びれる様子もなく答えたのは先野だった。

「合流できるなら、ありがたい」

「用はなんだ?」

「大物俳優TYについて知りたい」

「そんなもん、誰でも知ってるだろ」

「あえておまえに訊いてる意味をわかってくれよ」

 電話の向こうで沈黙が流れた。

「わかった。いくらで手を打つ?」

「それは話を聞いてからだ」

「じゃあ、今から来な。夜は忙しいからな」

「恩にきるぜ」

 通話を終える。

 電話の相手はフリーの芸能記者だった。あちこち嗅ぎ回ってはスクープを堀り出し、マスコミに売り歩くヤクザな商売だ。先野とは旧知の仲だった。

 大物俳優TYが過去にどんなスキャンダルを起こしてきたか、ネットである程度は知り得た。若い時分からモテていたため、常に女の影がついて回っていて、これはどこかの時点で子供ができていても不思議ではないと思えた。だが記録上、そんな事実はない。

 もちろん、記事が見つからないといって「なかった」とは限らない。逆に巧妙に隠しているのでないかと疑ってしまう。まるでアメリカ大統領と宇宙人の接触を信じているかの如く。

 先野は電車に乗り、指定された町に向かう。芸能スクープを追って常に動き回っている彼に会うには、こちらから出向くしかないのだった。幸い、近くだった。三十分ほどで到着した。

 その喫茶店で待つこと三十分──。注文したいちごショートは食べきって、半分以上減ったアイスコーヒーの氷もすっかり溶けてコースターに結露の水たまりができていた。マガジンラックに置いてあった週刊誌の、なんの興味もない政治家の汚職事件の記事を読んでいたら、

「お待たせ」

 先野とそう年齢の違わない、四十手前の男が、Tシャツとスラックスという出で立ちで現れた。目深にかぶった野球キャップの下に、色の入った眼鏡をかけている。芸能記者の横塚。先野とは古くからのつき合いである。

「悪いな、急に呼び立てして」

「カネを払ってもらえるなら、なんだってするさ」

 ドライに軽口をたたくと、横塚は、先野の正面に座ってビジネスバッグをあけ、ノートパソコンを取り出した。やってきたウエイターにアイスコーヒーを注文すると、

「一応、調べてみた。過去のデータベースからTY関連のネタを片っ端から集めてきた」

 ノートパソコンを操作する横塚。

「で、なにか公表されていないことはないか? 隠し子とか」

「それかよ」

 横塚は苦笑した。

「あんたも知ってのとおり、TYの女性遍歴は多い。一度目の結婚前後もけっこう噂が絶えなかった。そのたびにマスコミを騒がせた。二度目の結婚以降のここ十五年は静かにしてるが、たしかに隠し子がいても不思議じゃない」

「じゃあ……」

 と、その可能性はあるのかと先野は言いかけるが、

「ところが、TYはあれでなかなか慎重なようで、実子は二人目の夫人との間に息子が一人いるだけだ」

 最初から否定された。

「それらしい行動はなかったか? 隠し子に会いに行くとか……」

「おれだってこの仕事をやって長い。プロとしてそんな情報がないかアンテナを張ってたさ。でも、ないんだよな。あれだけ女をとっかえひっかえしていて、不倫だとかじゃなく、よくもまぁ、これまで無事でいられたと感心するよ」

 性豪、と呼ばれたこともあるかつてのTY。それだけに横塚の話は意外であった。

「ただ……ひとつだけ、気になる行動があった。ま、隠し子と関係があるかどうかはわからんけどな」

「どんなことだ?」

 先野は身を乗り出す。アテが外れたかと思いかけたときに見えた光明のようだった。

 ええっと、と横塚はノートパソコンをせわしなく操作する。古い週刊誌の記事が表示された。

「あった、これだ。その昔、数日の間、TYは行方不明だったことがある」

「そんなことがあったかな……」

「三十年ほど前で、だからおれも直接は知らないんだが、映画のクランクアップ直前で、けれどもまだTYの撮影が残っていて、現場は大騒ぎだったそうだ。TY、二十五歳の夏のことであった」

「三十年前か……」

 先野は口のなかでつぶやく。いくらなんでも三十年前となると、今回の案件には関係なさそうだ。

 ウエイターがアイスコーヒーを持って来た。横塚がシロップとクリームを入れてストローでかき混ぜると、ガラガラと氷が下品に鳴る。

 そうか……と先野はもらし、

「今は、TYの自宅を張り込んだりするのか?」

 息子の話にならないかと水を向けてみた。

「いや、今はないな。スキャンダルがあるとすれば、仕事で長期に家を出るぐらいときだろう。海外に出たらなにか起こしそうな気もするが、今のところ自宅に張り込んでも成果はないだろうな」

 どうも山丸剛毅のことはまだ知らないらしい。芸能事務所のマル秘プロジェクトといったところか。

(ともあれ、どうやら隠し子ではなさそうだ。となると、なにが考えられるだろう。深夜に密会する中学生とただの友だちだ、などと、そんなはずはない)

 こうなると、三条の調査結果が聞きたい先野であった。どこまで判明しているかわからないが。

 芸能事務所としては、いかなるトラブルも避けたいところだから、そんな気配があるかどうかさえ判れば、とりあえずはよしとしたいだろう。

 手っ取り早く少女に接触して聞きただすのもいいが、その前にウラをとっておきたかった。

「ありがとう、わざわざ来てもらって。こいつは協力費だ」

 茶封筒をテーブルにすっと置いて差し出す。調査費用のうちから捻出したものだった。

 横塚はそれを取り上げると素早く中身を確認する。額に封筒を掲げ、まいど、と言う。

「一休みしたら、またおれは仕事に戻らなきゃならないから失礼するよ」

横塚おまえの仕事は夜が勝負だからな。芸能人の張り込みも大変だな」

「そういう先野あんたも、似たようなもんだろ。殺人事件にはち合わせりするのかい?」

「だから、そういうのはないって言ってるだろ。テレビドラマじゃないんだよ。犯人探しは警察の仕事であって、おれたち探偵は警察がやらないような人の困り事を解決するためにいるんだよ」

「でも、なんか、ありそうじゃないか? 裏のありそうな事件とか」

「あったら連絡させてもらうぜ」

 面倒くさくなって先野はそう答え、ススズ、と氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーをストローで吸い上げると、テーブルに置かれた伝票を手に取り、金額を確認して立ち上がる。

「もしなにか情報が見つかったら知らせてくれないか」

「もう行くのかよ。もちっと休んでいけよ」

「調査があるんでな」

「けど、外は今、雨だぜ」

 ガラスドアの向こうに視線を送ると、土砂降りの雨がアスファルトを叩きつけていた。

「あ……」

「夕立だから、すぐにやむだろ。それまでここにいたらどうだ?」

「むう……」

 雨は激しかった。傘があってもずぶ濡れになりそうなほどだ。先野はしかたなく席に戻る。

 タバコを取り出した。今どき貴重な喫煙可の喫茶店だ。テーブルには灰皿もおいてある。

 ライターで火をつけながら、コーヒーをもう一杯飲むか、と思った。今度はホットで。

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