張り込み
一流の大物俳優TYの息子となれば、デビューするグループでもリーダーを務め、求められるパフォーマンスも一段高いのものとなる。
おそらく本人が望んだ道ではあるだろうが、厳しい世界だ。子役として幼少の頃から活動しているのならいざ知らず、高校を卒業してから本格的に芸能活動を始めるわけだから、その厳しさはなおのことだ。この年齢まで普通の少年として過ごしてきたのは、本人の意思が固まるのを尊重してきたせいなのだろうが、そこからのスタートで大成するとなると、その努力は並大抵ではない。
偉大な父親がいるというのは、ある意味、気の毒にも思える。サラブレッドの宿命を背負わされ、なにかと親と較べられてしまうから。自分の親が凡庸でよかったと安堵する瞬間かもしれなかった。
「ま、しかし、それはそれ。仕事に同情は禁物だ」
路上駐車した興信所の社用車(軽のワゴン車。架空の電気工事会社のデカールで偽装している)のなかで、先野は後輩の原田翔太とともにレッスンの行われているスタジオの入るビルを見張っている。一人で見張ってもいい状況だったが、念のためにサブ要員を一人連れてきていた。若手の新人探偵に場数を踏ませる教育のためでもあった。
午後五時。そろそろ出てくるところだ。
いつ出てくるかわからない人間を尾行するのは、忍耐力が問われるようなものだったが、スケジュールがしっかりわかっているとなると、時間をかなり有効に使えた。今回は意外と楽な仕事かもしれない。もっとも、調べるべきターゲットが判明してからが本当の仕事なのだが。
「お、出てきたぞ」
三〇メートルほど前方、ビルの玄関から何人かの若者が出てくる。レッスンを終えたJETSplusのメンバーが四人。朝からこの時間までずっとレッスンを受けていたわけだからそうとう疲れているはずだと思うのだが、若いせいか、みんな元気な様子で歩いている。
「尾行する。クルマを頼む」
「はーい」
先野は、運転席の原田に言い残すと、軽ワゴン車のドアを開けて出て行った。
(これからどこへ行くのだろう?)
彼らの後を徒歩で追いながら、若者の行動をあれこれと想像する先野であったが、芸能人の息子だからといってあまり大きく変わるものでもないだろう。
メンバーの最年少はたしか中学生だ。盛り場に駆り出す、なんてことはないと考えられた。事務所からも、トラブルになるような場所には出入りしないよう注意されている。とはいえ、まだ分別のつかない年頃であるし、将来を棒に振るようなバカなマネはしないだろうと思うのは大人の理屈だ。少年にはわからない。身をもって痛い目にあいながら大人になっていくのだ。が、一般人はそうであっても、一度の失敗で取り返しがつかなくなるのが芸能界というものだと、先野は業界の厳しさに辟易する。
十分ほどで駅に着き、少年たちは四人とも改札をくぐった。彼らはまだデビュー前だ。美男子ぞろいとはいえ、顔を知られていないせいか、行動もごく普通だ。先野もホームに上がって電車を待つ。
これからどこかへ遊びに出かけるのだろうか……。
快速電車が来た。乗ったのは二人。あとの二人はホームで手を振る。電車の行き先が違うらしい。先野は、電車に乗った山丸剛毅を追って、閉じかけたドアから飛び込んだ。
同じ車両でも入ったドアが別だから、十メートルほど彼らと離れてしまっている。ドアの近くで二人は談笑しているが、なにを話しているかまでは聞こえない。
車内の混み具合は八割ほど。吊り輪にぶら下がって、そのターゲットの様子をさりげなく見る。まっすぐ家に帰るのだとすれば、次の停車駅で降りるはずだ。
窓から差し込む日差しは真夏らしい強いもので、先野はまぶしさに眼を細める。高架線路を走る電車の窓外を流れる都会の町並みは、人間のあらゆる営みを吸収しつづけて成長していく巨大なモンスターのようだった。
停車駅を告げるアナウンスが流れる。さりげなく目を向けていると、山丸剛毅は、電車がホームに停車してドアが開くと、もう一人と別れて降りていった。
先野は何人かの乗客とともに改札口を目指す。尾行に感づかれた様子はない。
十メートルほど先にいた。父親に似てスラリと背が高いので、よく目立った。
家の最寄り駅で電車を降りたということは、どこか遠くへ移動するとは考えにくい。まっすぐ帰宅するものとみた。が、もちろん油断はできない。芸能人の生活など、庶民の感覚からは非常識なことが多いと聞く。突然、リムジンが現れて、どこかへ乗って行ってしまう、というのもあるかもしれない。
注意深く、しかしさりげなく尾行する。
自宅の場所は依頼者から聞いていた。もっとも、超有名俳優の自宅住所なぞ、調べればすぐに判明するが。
歩くこと数分──。豪邸が建ち並ぶ高級住宅街へと入っていく。財をなした成功者だけが住むことを許される、庶民あこがれの地区。まるで異世界のようだと先野は思う。
すると──。
他の邸宅同様、高い塀に囲まれた大豪邸に、山丸剛毅はまっすぐ向かっていく。高級外車が三台は入っているだろうガレージの横長シャッターの隣にあるアプローチから敷地内に入り、監視カメラの設置された玄関からカードキーで家の中へと入っていった。
この辺りでうろうろするわけにはいかない。不審者そのものだ。すぐに警察に通報されてしまうだろう。
そこへ、タイミングよく現れたクルマが先野の側で停止する。電気工事会社のデカールを貼った軽のワゴン車だ。スタジオ前で別れたのち、再び合流とあいなったわけだ。尾行中、先野は頻繁に原田に連絡を入れていて、すぐに駆けつけてくれたのだ。
「ご苦労」
先野はドアを開け、さっとエアコンのきいたクルマに乗り込む。
「結局、まっすぐ家に帰ったんですね?」
作業服を着てステアリングを握る原田は前方の大物俳優宅を見やる。
「そうだな。今日は父親が映画のロケで遠くに行っていて外泊する。家には母親と家政婦がいるだけだ」
先野は車内に用意されていたネーム入り作業服を手早く着込む。胸ポケットにボールペンを差し、どこから見ても電気工事の作業員ができあがった。
「こんな広い家に家族が三人だけだなんて、寂しいですね」
「セキュリティーのことも考えればマンションでもじゅうぶんだと思うんだが、ま、それは人の趣味だからな。ともかく、これから一晩かけて張り込む。明日の早朝に三条さんが交代に来るまで、がんばろう」




