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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
花嫁の夢を見ていた
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真実の入り口

 クルマでやって来たのは、地方都市近郊の山林であった。特急電車を乗り継いで着いた駅前でレンタカーを借り、ここまで来るのに三時間もかかった。

 周囲は住宅と水田が広がっていたが、その山林だけが古墳かなにかのように取り残されていた。まるでここの地主が「わしの目の黒いうちは手放さん!」とがんばっているかのようだった。

 山林の周囲は五キロほどで、金網フェンスで囲まれ開発予定地の看板がスプレーで消されていた。

 三条愛美は、先野とは別に依頼者・宗中総一のもとへと足を運んでいた。

 元妻について知るためであった。先野光介から調査状況を聞いて、思うところがあったのだ。

 そして、宗中から聞いてたどり着いたのがこの場所であった。

 元々この近くの出身だった元妻が帰ってくる場所といえばここしかない、と思ったのだ。余生の生活費にしては莫大な慰謝料をどうしたのか気になっていたし、こんな地方都市では、もしなにかに使ったなら、おそらく目立つだろうと思った。

 その勘は当たり、元妻はこの山林を購入していた。

 三条は高さ1メートル半はある金網を乗り越え、山林のなかへ入っていく。汚れてもよさそうなパンツスタイルだ。袖の長いトレーナーの上から虫除けスプレーを咳き込んでしまうほど念入りにふりかけ、下草を払うための鉈まで、来る途中のホームセンターで購入して手に握っていた。

 道のようなものはなく、林の中を登っていく。腐葉土がゴムの長靴の底に踏まれて沈みこむ。昔は人の手によって作られた雑木林だったが、今では燃料となる薪を採られることもなくなり、手入れもされず荒れていた。

「宗中さーん」

 馴染みのある、結婚していた頃の姓で元妻に呼びかける。人がいそうにないこんな山林だが、三条は何度も呼びかけた。

 反応もなく、さらに奥へと進んでいく。昨夜降った雨のせいで足元がすべり、斜面が登りにくい。何度も前のめりになって手をついた。軍手をはめていなかったら、擦り傷をつくっていたところだ。汗がにじんだ。

「宗中さーん」

 空模様を気にしながら歩く。一応、レインコートは持ってきてはいたが、降り出さないことを祈る。

 山の高さはおよそ百メートル。こんもりとした形状の山であった。三条はその山頂付近にまで登ってきた。

 相変わらず鬱蒼と茂る草木が周囲を暗くし、ここまで来ても、人が住んでいそうな家はおろか廃屋すらなかった。

(ここにはいないか……)

 山林を買ったとはいえ、こんなところでなにかをしているとは限らないとあきらめかけたとき、突然、強い風が吹き抜けた。風は渦をまき、草をなびかせて湿った木の葉を散らす。しかもその風の渦はいくつも発生した。

 三条の体はその渦につかまり、宙に浮いた。あっ、と思ったときには、ブナの大木にたたきつけられていた。

 意識は失わなかった。立ち上がり、背中の痛みに顔をしかめながら、なにが起こったのかと周囲に視線を走らせる。人間の体が吹き飛んでしまうほどの風など、大型台風の瞬間最大風速でもなかなかない。こんな小さな山のなかに、そんな強力な風が吹くはずがなかった。

「だれなの!?」

 三条は林の木々に向かって誰何すいかした。自然現象でないのなら、人工的な何者かの仕業だ。

「宗中さんですかぁ!?」

 すると、落ち葉が音を立てて舞い上がったかと思えば、目の前に一人の初老の女が立っていた。紺の和装姿。こんな場所に一人でいるのが異様であったが、三条の予想は的中した。

「宗中さんの元奥様ですか……?」

 彼女はうなずいた。

「わたしになんの用かしら?」

「教えてください。どうして、離婚してまでしてこの山林を購入したかったんですか? 宗中さんとの暮らしに、なにが不満だったんです?」

「あの人の心は離れてしまったわ」

「それはあなたが仕組んだことじゃないんですか? だから桃崎さんが近づいてきた」

「そんなこと知ってどうするの? 元主人あのひとに言うおつもり?」

「いえ……わたしなりにことの真相をはっきりさせたいからです」

「ここまで来たということは、もうだいたい見当はついているのでなくて?」

「でも直接聞かせてほしいんです」

 老女はしばらく沈黙し、口を開いた。

「時間がなかったのよ」

「時間……?」

「開発予定地の看板を見たでしょ? ここが破壊されるのは間近だった。阻止するには山林を買い取るしかなかった。開発するより利益が出るなら、企業はそっちを選ぶ。それでこの山林は守られた」

「そこまでして守らなければならないものなんですか?」

「ここにはどこへも行けない呪縛精霊がいるのよ。この山が切り崩されたら、消えてしまうしかない」

「呪縛精霊……。それは、ご神木かなにかですか?」

「そうじゃないわ。この山林そのものに精霊が宿っているの。わたしはかれらとともにこの山林にいた、だからここがなくなってしまうのを見過ごすわけにはいかない」

「それで山林を買い取ったのね」

「宗中は、わたしの力で財力を得られた。あの人は見込みがあると思ったから近づいて、そう仕向けた。わたしの思惑どおり、お金持ちになってくれたわ」

「そんなことができるなら、あなた自身がお金を稼げばよかったのに」

「そうはいかないのが人間社会なのよ」

 三条にはなんとなくその理由が理解できた。宗中でないとできなかったというのは、ありそうな話だった。

 ざわざわと木々がざわめく。風の音なんかではなかった。おおん、おおん、と震えるような声がしたかと思えば……。

 木の根が隆起し、それに引きずられるようにして小さな人型のものがいくつも現れた。

 のっぺらぼうの人形のようだったが、しかしそれらは動き、三条を取り囲む。

「!…………」

 未知なるものとの遭遇に、三条は緊張する。とって食われるのではないかという不安が頭をもたげ、一歩後ずさる。

「この子たちが呪縛精霊よ」

 老女は、そう言った直後、巨大なクモへと変貌した。黒く、足の長いクモ。彼女の顔がうっすらとクモの頭に浮かんでいた。

「うっ………!」

 そのおぞましさに三条は目をむいた。体じゅうの体毛が逆立った。

 体長二メートルはありそうなクモを目の前に、死を覚悟した。背を向けて全速力で走り出したとしても逃げ切れそうにない。

 が、クモが言った。

「これがわたしの本当の姿。これからもずっと、この山林を守っていくわ。どんな手段を使ってでも」

 言い残すと、八本の足を素早く動かして林の奥へと去っていった。

 命の危険はないとわかってほっとして気がつくと、いつの間にか呪縛精霊たちも姿を消していた。

 ある程度予想はしていたが、予想以上の真相に、三条は気が抜けてしまう思いで、その場に膝をついた。

 細い雨が降り出していた。

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