不動産屋の証言
先野は近くの不動産屋を入った。「クレアセトル西森町」の壁に看板が掲げられていた大手の物件仲介業者、その支店である。
自動ドアをくぐると、明るい店内に白いカウンターがあり、その向こうに揃いの制服を着た女子従業員が何人かいた。奥にいる男性はスーツだ。
店内に客はおらず、暇そうな空気が漂っていた。
「いらっしゃいませ」
と、出入り口近くの女子従業員が営業スマイルを見せる。
先野はグレーのタイルカーペットが敷き詰められた店内に入ると、こちらへどうぞ、と言われる前にカウンターについた。
「この近くで一人暮らし用の賃貸物件を探しているんだが……」
「お客様がご利用されるのでしょうか?」
「ああ、そうだが……いいのがあるかな?」
「しばらくお待ちください」
そう言って彼女はカウンターに設置されたパソコンで検索する。
「一人暮らし用でしたら、ワンルームから2DKまで、さまざまな物件がございますが」
「ワンルームでいい。荷物も少ないし」
「承知しました」
カタカタとキーボードをたたく。
「すぐに入れる物件ですと、七室ございます」
と、二十インチほどの液晶ディスプレイをくるりと回して見せてくれた。
物件名称と家賃、間取り図が表示されている。スクロールしていく画面を見ていくと、見つかった。クレアセトル西森町の202号室。
ということは、やはりきちんと退去しているようだ。いきなり失踪したなら荷物も家具も置いたままで、退去手続きもしていないから貸せるはずがない。
「いくつか実際にご覧いただけますから、それでお決めになられてはいかがでしょう」
「そうだな……」
「店長、物件ご案内です」
女子従業員が後ろを振り返って呼びかけると、体格のいいスーツ男がデスクから立ち上がった。学生時代にはラグビーでもやっていたかのような体つきの四〇歳ぐらいの店長がのっしのっしとやって来た。
案内は男かよ、と残念に思っていると、
「店長の住吉です」
ごつい笑顔で名刺を出してきた。手が大きいせいで名刺がすごく小さく見えた。それにしても「すみよし」とは、不動産屋にもってこいの名前だ。
「ご案内します。こちらへどうぞ」
その手にはすでにクルマにキーが握られていた。クルマで案内してくれるようである。手品師のように動きに無駄がない。自動ドアを抜けて外へ出る。
すぐ横の専用駐車スペースに何台かの仲介会社のロゴが貼られた社用車が停められていた。店長住吉が軽自動車の運転席にでかい体を窮屈そうに押し込むと、ぐっと車体が沈んだ。体重は百キロはこえていそうだ。エンジンをかけ、どうぞ、と後部座席を促す。
クルマで行けない範囲まで見るつもりはないのだが、先野は素直に乗り込む。出発。
「この辺りは便利がいいですよ」「お客さん、単身赴任なんですか?」「今日は雨が降らなくてよかったですね」
などと、クルマを運転しながら店長は気さくに話しかけてくる。先野は適当に話を合わせた。どうせ部屋を借りるつもりはない。
一軒一軒丁寧に説明を受け、四軒目がクレアセトル西森町であった。店長とともに鍵を開けて202号室に入る。隣人の青年は在室しているのかわからない。
広さは六帖ほど。自炊などできそうもない小さなキッチンとユニットバス。
「ここはいいですよ。日当たりは悪いですが、安いですし」
「きれいですね。リフォームしたてですか?」
「はい。以前入居していた方がきれいに使ってくれてましたので、リフォームもほとんどせずにすぐに貸せるようにできたんです」
「ほう……きれいにね……。女の人ですか?」
「はい、そうでした。しかも二ヶ月しか住まれていませんでしたのでぜんぜん汚れていません」
「たった二ヶ月ですか……。なにかあったんですかね?」
「さぁ、そこまでは存じ上げませんが。ちゃんと片付けて鍵も返却してもらいましたし、退去の申し出は明け渡しのひと月前にはありましたから、夜逃げなんかではないですね。郵便の転送手続きもされていたようですし。ああ、もちろん、鍵はそのあと取り替えてますよ。合鍵を作られていたら困りますからね」
借金を抱えての雲隠れ、ではないようである。第一、資産家との結婚を控えていたのに、それはないだろう。
「わかりました、ありがとうございました」
すべての物件を見せてもらい、
「どれかお気に入りの物件がありましたでしょうか」
「うーん。ちょっと考えさせてくれ」
店長にそう言って店を後にした。
ひと月前には退去の申し出があった──。
ということは、やはり急な転居ではなかった。ではなぜそれを宗中は知らなかったのだろう? 桃崎が知らせなかった理由が思いつかない。
結婚詐欺? いや、それならもっと露骨に現金をせびる。それはなかったという話だ。借金もなかったようであるし。
先野は混乱した。




