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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
エアな奈々子
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三条が調査を続けたら

 次の日――。先野は事務所で、出勤してきた三条愛美にことの顛末を打ち明けた。

「残念ながら、ターゲットに恋人はいない」

 最後まで話し終えて、先野はそう結論した。事務机に両肘をつき、組んだ手を口の前にもってきて、

「意外な調査結果だったぜ……」

「そうだったんですか……」

 三条はうなずいた。

「依頼者に報告しなければならないが、まさかこんなオチだったとは思うまい」

 深いため息をつき、先野は机の上のパソコンの電源を入れ、報告書の作成に取りかかる。

「ということで、この件は決着した。あとはおれが依頼者に対応するよ。ごくろうさま」

 パソコンの画面を見つつ、手をひらひらと振る先野に、わかりました、お願いします、と三条は言った。



 それから何日かたった夜、三条は街にいた。

 クリスマスイブだった。しかし、クリスマスイブを恋人とすごすためではなかった。

 たった一人で街に出て、ターゲットの尾行をするために――。

 先野に、調査の終了を告げられていたから、これ以上の尾行の必要はなかったが、果たしてそうか、という疑惑があったからだった。

 先野と共に尾行していて、たしかに所田明二は見えない相手とのデートを楽しんでいるように見えた。

 が、じっと観察していた明二の周囲に、なにかしらの気配を感じたのが気になっていた。

 三条は自分のその感覚の正体を知りたかった。場合いによってはターゲットとの接触も。そうしなければ、観察だけで真理にたどり着けないかもしれないと、この案件の特異性を感じていた。

 事前の情報で、イブにデートすることはわかっていた。つきあいはじめだからかもしれないが、デートの頻度が高いことも少し気になっていた。普通はここまで頻繁じゃない。もちろん、クリスマスが近いということもあるが、それにしても、と思うのだ。

 明二の職場の前で張っていた。明二の勤める小さなオフィスが入る間口の狭い細長い雑居ビル。

 時刻は午後六時。

 職場から出てきたところを追った。周囲には行きかう人々が大勢いて、三条の尾行は目立たない。

 明二は職場に近い駅前の喫茶店に入った。大きなガラス窓から内部がよくわかるので、わざわざ店内に入らず、少し離れたところで様子を見る。

 三条は、待ち合わせの相手が現れるのを待った。ほんの五分ほど待っていると、明二の表情が変わった。

 どうやら奈々子が来たらしいが、やはり目には見えない。

 催眠術という先野の報告書も読んだ。確かにそんなふうに見えないこともない。けれども……そこまで徹底できるものなのか……。

 喫茶店を出て、歩き出す明二。おそらくこのあと食事をするのだろうと思っていたら、公園へと入っていこうとする。都会のビルの間にある小さな公園は、昼間、歩き回って疲れた営業マンがベンチで休憩したりしているが、この時間だと訪れる人もいない。

 今夜はどこも混雑している。狂ったように派手なクリスマス・イルミネーションを避けて、ビルの谷間の公園へとやってきた。

 寒い外気が吹きぬける公園は、人声もせず静かだった。

 噴水池があるが、省エネのため水は止められていた。そこに佇む明二。なにか会話をしているようだが、よく聞き取れない。電話をしているわけではなく、明らかに、そこにいる〝誰か〟と話しているのだ。そしてその〝誰か〟は、どれだけ目を凝らしても見えない。が、気配はある……。

「所田さん」

 数分間、木に隠れて様子をうかがっていた三条は、思い切ってついに声をかけた。

 いきなり出現した三条に驚く所田明二はその場に固まった。

 三条は大股で近づいていった。

「どなたですか?」

 すごく動揺しているのが外灯の下でもよくわかった。普通の反応ではない、極端すぎる態度だ。

「私は三条といって、興信所の者です。そして用があるのは、奈々子さんにです」

「なんのことですか?」

 三条は誰もいないベンチに向き直り、そして呼びかけた。

「奈々子さんですよね?」

「待ってくれ! この人は――」

 明二が顔色をかえて割って入った。

「そこにいるんですね……?」

「…………」

 明二は押し黙った。三条を警戒していた。どこまで知っているのかと猜疑心を露わにして。

 その硬い態度に対し、三条は静かに話し出す。

「本当のことを教えてください、奈々子さんのことを……」

 それでも明二は、閉じた貝のように口を開こうとしない。

「奈々子さんは、他人には見えないんですよね……」

 三条はかぶせるように言った。

 明二の眼が驚きに見開かれた。

「奈々子さん……、わたしの声が聞こえますか? 秘密は守ります。だから教えてください」

「だめだ、なにも教えられない」

「やっぱりここにいるんですね」

 明二は下唇を噛んだ。しつこく迫る三条を見る目が険しい。

「わたしには、あなたの気配がわかります。そこでしょ」

 三条が指さしたのは、誰もすわっていないベンチの端のほうだった。

 明二は唖然となり、声も出ない。そして、とうとう……。

「奈々子が、あなたと話をしたいと言っている」

 明二はあきらめを含んだ口調でつぶやくように言った。

 奈々子の声は、三条には聞こえなかったが、やはりそこに実在するのはたしかなようである。

 明二は、奈々子の台詞を聞くために一呼吸おいて、言を続ける。

「奈々子は、ぼくにしか見えない存在で、なぜそうなってしまったのかは奈々子自身もそれはわからない。でも見聞きできるんだ」

 まるで幽霊のようだ――と、三条は思った。

「信じられないかもしれないけれど、これから話すことを最後まで聞いてほしい。ぼくは奈々子の言葉を信じた――」

 そして明二は、奈々子と出会ったときのことを語り始めた。


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