表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
花嫁の夢を見ていた
79/231

消えた婚約者

長年つれそった妻と別れてまでして、結婚しようとしていた女が、なんの前触れもなく消えてしまった──。


消息を探してもらおうと、興信所にかけこんできた男の依頼を受けて、探偵・先野光介は、女の足取りを追う。だが、調査をつづけていくうちに、先野は女の行動を疑問に思う。


彼女はなぜいなくなってしまったのか……?

 その男は、サングラスと、この暑いのにマスクとで顔を隠し、どこからどう見ても怪しかった。顔は厳重に覆っているのに、着ている服はラフな半袖開襟シャツとスラックスでアンバランスだ。そのうえ上背が高いので雑踏のなかでも目立ち、その格好で街を歩いていたら警察官から職務質問されそうだった。年齢は頭の薄さ具合から六十代後半かと思われた。

 しかし服装のことをあげつらうなら、テーブルを挟んでその向かい側にすわる中年男も他人ひとのことを言えた義理ではなかった。純白の上下のスーツをしっかりと着こみ、紫のシャツに赤のネクタイ、白のソフト帽を目深にかぶって正対しているのだ。

 そんな二人が狭い空間にいっしょにいるのはどこか異様な光景であった。

 雑居ビルの三階にある興信所「新・土井エージェント」の面談コーナー。パーテーションで区切られたいくつかのブースのうちのひとつ──。

 サングラスとマスクの男は依頼者で、白ずくめは探偵であった。

「お話はたしかに承りました」

 白ずくめの探偵──先野光介さきのこうすけは開いていたシステム手帳をパタンと閉じ、依頼者の目を見て自信たっぷりに言うのだった。

「お任せください」

「お願いしますよ」

 顔を隠してなるべく素性を知られたくないというのがあからさまな依頼者は、先野の服装にどこか信じきれない目を向け、それでも任せてしまうほかはないと覚悟を決め、けれども胸の中に残尿感のようなどこかすっきりしない気持ちを解消できないまま帰っていった。

 依頼内容は人捜しだった。

 依頼者の宗中総一むねなかそういちは離婚したばかりだった。長年連れ添った妻がいたが、最近になって若い女ができた。三ヶ月前に出会った彼女との関係は、これまでの人生になかった新鮮なもので、年甲斐もなく恋に落ちた。彼女もそれに応えてくれた。

 その関係は、すぐにいっしょになる話にまで発展した。そして、宗中は今の妻と別れた。

 宗中は資産家で、慰謝料としての財産分与は数十億にのぼったが、宗中はのんだ。

 こうして、若い女との新しい暮らしがスタートする──はずであった。

 が……。

 結婚を控えたその彼女が一ヶ月ほど前に行方不明になったのだ。待てど暮らせど連絡もなく、警察には捜索願を出したもののなんの音沙汰もない。これはアテにならないと、じりじりとした思いを募らせた末、今こうして、探偵にすがってきたのだった。

「彼女になにがあったんでしょうねぇ……」

 サブとして先野の下に入って捜索を担当することになった駆け出し探偵の原田翔太はらだしょうたは、面談コーナーから事務所に戻ってきた先野からの説明を聞いて首をひねった。二十三歳の若者は、先野にとってみれば坊やにしか見えなかった。

「事故か事件に巻き込まれたと思うか?」

 先野は試すように質問した。

「うーん、どうでしょう……」

 答えがでない原田に、先野は一喝するように言った。

「んなわけあるか。自分から失踪したんだよ」

「えっ? 断言できるんですか?」

「まぁ、間違いないな」

 先野は訪ねてきた依頼者の風貌を思い返す。相当な資産家ではあるが、年齢は六十をこえ、この先老いていくばかりで未来がない。結婚したとしても、将来になにがあるだろう。そのことに気づいて女は去っていった、と考えるのが一番すっきりする。

「おまえが女だとして、そんなジジイと添い遂げたいと思うか?」

「いや……でも、なかにはお金が第一という女の人もいるでしょう……」

「わかっちゃいねぇな」

 先野は小さくかぶりを振り、人差し指をつきつけた。

「いいか、ハラショー。お金が大事って言い出すのは、だいたい四十代以上のき遅れの中年女だよ。若い女はもっとピュアだ」

「そんなもんですかね……」

 ハラショーこと原田翔太は、素直には同意しない。

「ピュアならなんで恋人を置いて失踪したりしたんでしょう」

「それはこれから調べていくうちに判明するだろう。ともかく、おれは調査に入るから、必要になったら手伝ってくれよな」

「わかりました」

 原田は先野のデスクから離れる。

 と──。

「原田くん」

 自分のデスクに戻る途中で呼び止められた。

 三条愛美さんじょうまなみであった。先野よりは一回りほど若いが、先野より優秀な探偵だと評判が高い。今日もパステルカラーのスーツで隙なく決めている。

「先野さんの女性観はわりといいところをついてくるんだけど、鵜呑みにしないよう気をつけてね」

 椅子を回してそう助言する三条に、「はい!」と元気よく答える原田。

「じゃあ、ここのお店を調べてきてちょうだい」

 そう言ってA4の資料数枚を手渡す。現在、浮気調査中の三条のサブにも、原田は入っていた。

「なにかわかったら、電話ちょうだい」

「了解しました!」

 資料を受け取り、原田は颯爽と事務所を出て行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ