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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
ネトゲの旅人
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梅田ダンジョン

 と、まぁ、そんなわけで──と、先野は意見をまとめる。夕方の打ち合わせで、昼間、チャルーの母親と話をしてきたことを三条に説明した。もう依頼を完遂した気でいた。

「チャルー死亡後にチャルーのアバターが現れた理由も説明がついた。これ以上は調査しなくていいだろう」

「依頼者には、捜索対象者死亡と伝えるんですか?」

「それしかないだろう」

「本名と住所と……」

「一応な。それが依頼内容だし」

 探偵が受けた依頼だからといって、個人情報をむやみに開示することはない。対象者の意向も聞き、開示するのが適当でないと判断される場合は、依頼者に伝えない場合もある。

「今回は、死んでるんだから、問題なかろう」

 だれも迷惑を被らないだろう、という先野の理論的発想であった。

 肯定の意味をこめて、三条は肩をすくめた。

「おれはこれから報告書を仕上げるよ。三条は定時で帰ったらどうだい?」

「他の案件があるので、そちらにシフトします」

「あら、そう……」

 気遣いを見せたつもりの先野だったが、見事な空振りであった。



 午前1時。

 いくら夜間にプレイヤーの数が増えるといっても、さすがにこの時間になるとログインしているプレイヤーは減ってくる。

 しかし三条はゲーム内にいた。しかもオンラインゲーム「キング・オブ・大阪」の高レベルバトルステージ、梅田ダンジョンに。

 三条といっしょにいるパーティー仲間は皆レベル50以上だ。ただ、他のパーティー構成員はなんどもこの激難げきムズステージにやってきてはいたが、ラッキーアイテムによりレベル60に達した三条には初めての場所だった。高レベルのプレイヤーのみが立ち入りを許されるステージには、当然、強力なモンスターがはびこっている。レベルだけ上がっただけの、戦闘経験の少ない三条がやってきても戦いにならないだろう。だがそれでもここへ来たのには、もちろん理由がある。

 チャルーである。チャルーの目撃情報があったからだ。それが、この梅田ダンジョン。

 日本最大規模を誇る梅田の地下街は、造られた年代の異なるいくつもの名称の通りが相互につながって複雑に構成される。土地勘のない者が入ったら、たちまち迷ってしまう。一度行けた場所に行けなかったりという話はよくあった。そんなことから梅田地下街は「梅田ダンジョン」とも呼ばれ、ゲーム内でもその名称が用いられていた。

 そのどこでチャルーと会えるのか──。

 目撃情報は奇妙なものだった。

 地下街の東の果て、「泉の広場」にパーティーも組まず、たった独りで歩いているのだという。だがすぐに、いつの間にかいなくなっていた、というのだ。

「ナミ子さん、こっちですよ」

 レベル70の魔法剣士であるリーダーが道案内してくれている。

 彼がチャルーを目撃したのは三日前だ。チャルーとは、かつてパーティー仲間であったため、見間違えるはずがなかった。

 三条が捜しているのだと聞いて、パーティーに加えた。

 阪急梅田駅の大階段から地下に下りて、三番街の南端からダンジョンの中心地「ホワイティうめだ」に入った。さらに南へ下る。両側に飲食店が軒を連ねているが、もちろん、仮想世界なので〝営業〟しているわけではない。それでも雰囲気だけは再現されていて、営業時間には明かりがついている。この時刻ではシャッターが下りていた。天井の明かりだけが静かな地下街を照らし、不気味さが演出されている。

 分岐点に出る。そのまま南へ行けば地下鉄谷町線・東梅田駅の改札口、西へ行けば阪神百貨店の地階と阪神電車・梅田駅、地下鉄御堂筋線・梅田駅の改札口に出る。三条たちは東へのびる通路に向かった。この先は80メートルほどで行き止まりになっている。

 地下街に入ってから二度モンスターと遭遇した。阪急イングス前と、HEPナビオ前だ。逃げ場のない地下街であるにもかかわらず、リーダーを中心とした五人の仲間たちは見事な戦いぶりでモンスターを倒した。モンスターの強烈な攻撃をかいくぐり、連携プレーで圧倒した。三条は見ているだけでなにもできなかった。さすがにレベルに応じた経験を積んでいると感心した。

「ここです。ここでチャルーに会いました」

 リーダーが指し示すのは、円形のこぢんまりとした広場の真ん中にある円形の池である。池のなかには花のようなオブジェが立ち、滝のごとく四方に水を落としていた。モンスターはいない。

 泉をぐるりと回ってみた。北側に短く通路は伸びているが、そこにも気配はない。

 が、振り返ったとき、通路に一人のアバターがいた。パーティーのメンバーではない。

「チャルー?」

 リーダーが声をかける。

 チャルーと呼ばれたアバターが振り返った。

 通常、ログインしたときにゲーム内で現れる場所は、商業地区の道頓堀と決められている。いきなりモンスターと戦う高レベルステージには出現できないはずなのだ。にもかかわらず──。しかもたった一人でこんなところまで潜ってくるなど、いくらレベルが高くとも無事でここまで来れたとは考えにくい。

 ここにチャルーがいるのはいかにも不合理だった。しかし、そのアバターの特徴は、あらかじめ聞いていたチャルーのそれとぴったりであったし、リーダーもそう認識している。

「こないだはすぐに消えてしまって、どうしたんだ……?」

 リーダーが話しかける。画面に表示された文字からも戸惑いが伝わった。

「待って──」

 と、三条が前へ進み出る。

「チャルーさん、あなたは一年前、交通事故にあって死んでいますよね」

 リーダーの動きが止まった。驚愕の事実を告げられて、アバターの操作から気がそがれてしまったのだろう。

 母親はもうログインしていないというし、ならば第三者のアカウント乗っ取りなのか──。

「わたしは……死んでいる……の?」

 チャルーのアバターが揺らぎ始めた。

 三条は夢中で文字を打ち込む。

「あなたが学校でどんな目に遭っていたかも調べさせてもらいました。このゲームの世界では、あなたはだれからも尊敬され、憧れの存在としてその名を知られていた。だからなんですか、ゲーム内の人生に価値を見いだして、現れるのは?」

「そう……やっぱりわたしは死んだのね。でも、これからはこの世界で生きるの。リアル世界じゃなくて、本当のわたしがいられるのは、ここだから」

「わかりましたわ。答えてくれてありがとうございました。で、これからどうしますか?」

「これから……?」

 チャルーのアバターは考えているかのように沈黙し、やがて空間に溶けるように消えてしまった。静かな地下街に戻った。

「これはどういうことなんだ?」

 リーダーが問う。混乱しているようだった。当然だ。

 三条は答えた。

「今のはおそらくチャルーさんの幽霊です」

「コンピューターゲームのなかに幽霊だなんて、ありえるのか?」

 しばらく間があって、リーダーのテキストが表示される。パソコンの前でしばし絶句していたのだろう。

 パーティーの面々も異口同音に疑念をもらした。信じられないようだった。無理もない。電脳世界に幽霊だなんて。

「チャルーさんが一年前に交通事故で亡くなっているのは確認済みです。死者は現世に強い思いを抱いていると幽霊になるといいます。その仕組みはわかっていませんが、強い思いを抱いているのがオンラインゲームのなかなら、そこに現れることもあるんじゃないですか」

「じゃ、成仏するまで、チャルーは梅田ダンジョンに出現すると?」

「梅田ダンジョンが高レベルステージで刺激的だから、最近はここに出てくるのかもしれませんが、どこに出てくるかは予測がつきません。いつ成仏されるかも。ついでながら幽霊のチャルーさんとどう接したらいいのかも、わたしにはわかりません」

 全員が押し黙った。

 時刻は午前2時をまわっていた。部屋の空気が冷えてきていた。

 チャルーのユーザーが死亡した一年前から半年間、依頼者が接触したのは、おそらくこの幽霊だ。チャルーが出現ステージを変えたせいで、ここ半年間は出会えなくなったのだと三条は結論する。

 長い沈黙を破るかのように、テキストを打ち込む。

「きょうはここまで案内していただき、ありがとうございました。おかげで疑問が氷解しました。これからどうします? せっかく来ましたからモンスターと戦いますか?」

「いや、そんな気分じゃない。きょうはもうログアウトするよ」

 リーダーがそう告げると、エフェクトを残してアバターが消滅した。

 すると、他のメンバーも次々とログアウトしていき、三条だけが残された。

(明日も仕事だし、わたしもそろそろ寝なくちゃね……)

 いまここで知ったことは黙っているつもりだった。明日、先野に会っても真実は話さない。チャルーが死んでいるのは事実だし、先野が嘘を報告しているわけでもない。依頼者は、いつかチャルーの幽霊に遭遇するかもしれないが、中身が本人ではなく母親だと思っているなら、接触しようともしないだろう。

 画面端のメニュー一覧からログアウトボタンをクリックする。「ログアウトしますか?」の問いにYESを選択。三条もログアウトした。また、明日の夜、来よう。次回は純粋に楽しむために。


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