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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
ネトゲの旅人
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ゲームとリアル

 とはいっても、先野は「アカウントの乗っ取り」が家族の手によるものだという可能性を追うことにした。

 そのためには、もう一度、チャルーの友人だという風花と話す必要がある。

 それに、

「恩人なんて嘘でしょ?」

 という言葉が気になっていた。

 ゲームのプレー中、モンスターとの戦いで幾度も助けてくれて、おかげでレベルも上がった、という依頼者の話は嘘ではないだろう。だが、それだけの理由で恩を感じるだろうか?

 オンラインネットゲームという共通のフィールドでともに戦った戦友というのは、同じチームに所属するスポーツ選手のような絆で結ばれ、実際に会ったことのないネットゲームだけの付き合いでも、リアル以上の信頼が築けていた──。だからこそ探偵まで使おうという気になった、という理解でいいと先野は思うが、一応確認したかった。

 先野は、風花に再度接触して話を聞くことにした。

 風花の所属パーティーがどの時間から行動するのかを役場の掲示板で知り、ログインしてくるのを待った。

 夜になって、役場にはアバターが増えてきた。やはり昼間、仕事や学校に行っていて、夜になってから遊ぶ人間が多いようだ。海外よりも国内から参加するプレイヤーが大半なのは、多言語対応していないからかもしれない。運営会社は国内での反応を見つつ海外展開するつもりなのだろう。

 互いに顔見知りのプレイヤーどうしがパーティーを組んでモンスターとの対戦に出て行くのを見送っていると、まもなく夜の10時になろうとする頃に風花が現れた。

 すかさず近寄って、

「すまないが、また話を聞かせてもらえないだろうか?」

「今度はなに?」

 相手が先野だとわかって、あからさまに嫌悪を示す。テキストメッセージだけのやりとりだから、よけいに冷たい。

「チャルーを恩人だと言っている男のことですよ」

 依頼者のプレイヤー名を伝えたが、打てば響くような反応ではなかった。5秒ほどの「長い」間があって、

「あいつはろくでなしだよ。チャルーもうっとうしがってた。わたしも関わりたくない」

「チャルーに助けてもらっていた、といってたけど?」

「レベルも釣り合わないのにパーティーに割り込んできて、勝手にモンスターとの戦いに加わって、足を引っ張って困ってる、とチャルーは言ってたわ。だからチャルーはレベルをもっともっと上げて、パーティー登録できないほどの差をつけようと、わたしといっしょに強いモンスターと戦ったわ」

「なるほど、そういうことですか。でも最初からそんなやつではなかったんだろう?」

「まぁね。でも最初はわからなかった」

 そうか……と、先野はパソコンの前で天井を仰ぐ。ネットだから、無意識に本心がむき出しになってしまうというのはありがちで、トラブルの原因のほとんどがこの手のエゴから発生する。

「ついでながら聞くけれど、ゲーム世界のほうがリアル以上に大事だった、ってことはなかったかい?」

「チャルーもわたしもそこまでハマってないよ。そんな人もいるだろうけど」

 たぶん、依頼者は、〝そこまでハマってしまっている人〟なのだろう。リアルがあまりに酷くて、ネットゲームに居場所を求める──現実逃避する心の弱い人間を、しかし先野は責めようとは思わない。それが人間というものだからだし、探偵をやっているとそれがよく理解できた。

「わかった。ありがとう。おれも気をつけることにするよ」

 そう言って、風花と別れた。



 翌日、先野は事務所の外にいた。

 場所はチャルーの家である。故人であるということで、風花はチャルーの本名と住所を教えてくれた。そうでなかったら知ることはなかったろう。その意味で先野は幸運だったかもしれない。チャルーの家が奇跡的にそれほど遠くではなかったという意味も含めて──。

 家人は在宅であった。

 チャルーの母親が、突然やってきた先野に応対した。40代と思しき化粧の薄い母親は、わざわざ娘のことで訪ねてきた──というので、家に入れてくれた。先野は必要以上に丁寧な言葉遣いをし、腰を低くし、自分が興信所の探偵であると告げた。

 仏間に通され、先野は位牌に向かって手を合わせる。

 線香の香りがほんのりとするなか、ラッピングされた手土産の菓子箱を母親に差しだすと、先野は切り出した。

「最初に申し上げましたとおり、わたくしは、娘さんが夢中になっていたネットゲームのことを、娘さんの元クラスメートから聞いて参りました。ネットゲームの世界では、娘さんは相当な達人でして、ファンも多かったようですね。今回、その消息を知りたいという方からの依頼がありまして……」

「そうですか……。ですが、わたしにはよくわからないので、なんとも申し上げようがありません……」

「あれから一年たっても、伝説となって話題にのぼるぐらいですから」

「わたしが知らない娘の知り合いって、なんだか不思議な感じがします。今までだれも訪ねてきませんでしたし」

「母親として、娘さんが夢中になっていた世界を知るために、いっしょにゲームをされようとしたことはございませんでしたか?」

 先野はさりげなく水を向けてみた。

「実は、娘のアカウントでログインしたことはあったんです。でもゲームの仕組みも操作方法もよくわからなかったですし、何人かから気安く話しかけてこられて、どう答えたものかわからず、すぐにやめました。もうやるつもりはありません」

「そうでしたか……」

 静かな声音でうなずいた先野だったが、母親のその告白で確信した。やはり依頼者の捜していたチャルーに間違いない。死亡から半年間のずれは、母親の仕業だったのだ。心の中でガッツポーズが飛び出していた。だがもちろん表情には出さない。

「もし、ゲーム世界での知り合いがこちらに訪ねたい、と言ってきましたら、どうされます?」

「複雑ですね。娘を弔ってもらえるなら、それもいいかもしれません。娘がそんなに知られてたということでしたら──」

「心中、お察しします」

 先野は頭を下げる。

 依頼者への報告書はこれで書くことができる。この案件は、これで一応終了だ。その点について満足し、考えを整理する。

「わかりました。お母様のお気持ち、しっかり伝えます。決してご迷惑をおかけないようにいたします」

 深々と頭を下げた。

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