深夜の会合
夜10時。
事務所には先野しか残っていなかった。連日遅くまで仕事に励む所属探偵がいて明かりが消えないのだが、その夜は珍しくだれもおらず、先野ひとりがパソコンに向かっていた。三条もすでに事務所を辞していた。三条のことだから帰宅後も自宅のパソコンで捜索しているかもしれない。なにしろゲームの参加者は夜間に急増する。手がかりをつかむには、夜間がやりやすいのは明白だ。先野も自宅で仕事を続けたいところだったが、パソコンを持っていなかった。やむを得ず事務所にいる。
「キング・オブ・大阪」にログインして、かれこれ15時間になるが、本番はこれからだ。あのあとチャルーの手がかりを改めて求めてまわったが、聞き込みではさしたる成果はなかった。チャルーの名前を聞いたことがある、という程度が三件のみ。厳しいものである。
となれば、これから会うプレイヤーに期待するところ大であった。
ここで会える、と指定された新世界界隈に赴く。
リアル同様、通天閣を中心に放射状に道路がつくられていて、とりあえずその中心に向かった。派手な看板が競い合うように通りに向かって自己主張していた。串カツやらたこ焼きやらお好み焼きやら土産物やらの店が並んでいて、現実の新世界もこんな感じであるが、ゲームのほうがもっと毒々しい。
このエリアにもモンスターは出現する。万博公園で遭遇する怪獣のようなモンスターとはまた種類がちがい、都会的デザインの洗練されたモンスター、らしい。(三条の情報による)
先野は通天閣の下で、画面を広域モードにしてみる。通天閣の上のほうまでは見えない。塔に昇れる仕様にはなっていて、昇るとまたちがったステージで、上級モンスターが出現するという。
(それはともかく、ナギはどこにいるのだろう?)
そう思いながら待った。探し回ったりしては、かえってすれ違って会えなくなるかもしれないからだった。
レベル1の先野のアバターは、画面のなかで所在なげにたたずんでいる。目立つ服装はしていない。初期設定で提供される服装のままで、地味なことこの上ない。初心者プレイヤーは皆同じような見て呉れだ。いま通り過ぎていったアバターも、先野とほとんど変わらない外見だった。モンスターを倒してレベルを上げるか、てっとり早く課金をすれば、道頓堀エリアで服を買えるが、もちろん先野にそんなことをするつもりはまったくない。他人にとってはキング・オブ・大阪は遊びであり楽しいゲームであるが、先野にとっては仕事であり楽しいなどとは感じていなかった。この案件が終わればもう見向きもしないだろう。
「約束どおり、来たんだな」
唐突に声をかけられた。近づいてきたアバターは見覚えのある服装。ナギである。
「やぁ、こんばんは」
先野は返答する。
「さっそくだけど、チャルーの知り合いを連れてきた。風花だ」
ナギの後ろに、もう一人アバターがいた。緑のフードをかぶり、短槍を立てていた。レベルは55の表示。
「なんでチャルーを捜してんの? 恩人なんて嘘でしょ?」
風花の発言が画面のふきだしに表示される。どんな情報が聞き出せるかと思えば、いきなり喧嘩腰であった。
「チャルーを知ってるんですよね?」
先野は慎重に尋ねた。風花はチャルーを嫌っているのかもしれないと、その文面から察せられた。
「ある人に頼まれてチャルーを捜すのに協力しているんだ。ここのところログインしてないらしいね」
「そうでしょうね。だって彼女は一年前に亡くなってるんだから」
風花のセリフに、先野は絶句した。衝撃の事実であった。
「それは、たしかなのかい?」
予想外のデリケートな展開である。画面を見つめる先野の目が血走る。
「チャルーとはリアルで知ってる。高校のクラスメートだったから」
「捜しているのが同一人物かどうか確認したいので、いろいろ教えてほしいが、かまわないか?」
リアルでのチャルーは高校に通う十七歳の少女だった。
友人だったという風花から、ゲーム内での立ち居振る舞いを詳しく聞き出した。アバターの特徴からモンスターと戦うときの得意技や癖、獲得アイテムとその利用の仕方……。
依頼者からの数少ない情報と照らし合わせてもまさしく本人に相違ないようだったが、たったひとつだけ、しかも決定的なちがいがあった。
チャルーはちょうど一年前に交通事故によりこの世を去っているのだ。
依頼者は、チャルーは半年前からログインしていない、と言っていた。半年前にはログインしていたのだから別人だ。死者がゲームにログインできるわけがない。
三条の言ったとおり、別人だったというオチがついてしまったわけである。
「ありがとう。だが別人のようだ。ほかをあたってみる」
先野はナギと風花に礼を言い、別れた。
新世界の喧騒が、先野を嘲笑っているかのようだった。
気を取りなおし、改めてチャルー捜索に移らねばならない。しかし疲れがどっとのしかかり、これ以上事務所でゲームを続ける気にならない。時計を見ると、もう12時になろうとしていた。終電で帰ることになりそうだった。




