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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
ネトゲの旅人
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それは今時の依頼

「なぁ、三条さん、今の依頼、わかったかい?」

 事務所スペースに戻るなり、先野は聞かずにはおれなかった。

「おれには、今ひとつぴんと来ないんだが……」

 正直に白状した。ここのところ他の探偵のサブにばかり回っていて、メインの仕事をもらえず暇をもてあまし──もとい、余裕のある勤務状況だった先野は、今回、三条と組んで案件に取り掛かるよう部長から指示を受けて、冷静を装いつつも内心張り切っていたが、どこからどうとりかかってよいものか混乱していた。

「ひょっとしておれたちは、ネットゲームのなかで人捜しをしないといけないのか?」

「ひょっともなにも、まずはそこからでしょうね。わたしもどんな方法で捜そうかと思案していたところでした」

 三条は若いが優秀な探偵だ。今日もビジネススーツをしっかり着こなしていて隙がない。そんな彼女だけに、「わたしに任せろ」とばかりの力強い返答を期待していたから、やや不安になる。

「ゲームなんかガキのころにやったきりだ。スマホゲームすらしていないからな。最近のゲームはとんとわからん」

「わたしはちょっとはやっていますから、初心者には多少なりともレクチャーできるかもしれません」

「アドバイス、頼むよ。まさかこんな依頼が舞い込むとはな……」

 これも時代か、とつぶやきかけて、年寄りじみていると思って口を閉じた。まだ三十八歳である。老けた(ジジイ)と思われるのは心外だ。

「ともかく、二人してがんばりましょう」

「そ、そうだな……」

 先野はぎこちなくうなずいた。

 依頼人が捜してほしいというのは、「キング・オブ・大阪」内で出会った人間で、チャルーというプレイヤー名の女性であるというほかは、住所はもちろんメールアドレスも年齢も、本名すらわからないという。ゲーム内で約二年ものあいだ親しくしていたのに、ある日突然、なんの前触れもなくログインしてこなくなったのだそうである。以来半年がたつ。リアルな行方不明ではないから警察には相談できない内容で、そこで探偵にすがりついたというわけなのだろう。

 ゲームではない普通の人捜しでも、手がかりが非常に少ない場合もある。その場合は苦労した末に見つからないことが多い。本案件もそうなる可能性は高いと、先野はみた。



 人混み、というほどではないが、行き来する人々を眺める。

 道頓堀といえば世界的にも知られた観光スポットで、外国人の観光客で込み合うところであるが、バーチャルの道頓堀にはリアルのそれよりもっと多様な人が歩いていた。ヨロイをまとっていたり、アサルトライフルを肩にかけていたり、長いマントを背中に垂らしていたりで、リアルよりも振り幅の大きい人々が往来していて、いかにもゲーム世界といった感じであった。かれらは観光客ではなく、モンスターを倒すためにログインしているプレイヤーだ。

 強いモンスターを倒せば、その分レアアイテムの取得や能力の強化が期待できる。レベルが上がるとさらにもっと強いモンスターと戦える。最終的にはラスボスを倒し、大阪市長の称号とともに賞金がゲットできる、という寸法だ。しかしもちろん、「上がり」までたどり着くのは容易ではない。課金で装備を買わなければならないこともあるだろうし、何人かの仲間を集めて集団で戦わなければ勝てないモンスターもいるだろう。三条にそう教わった。

 そんな遠い目標に向かって日々ゲームを続ける神経が先野には理解できない。最初はなから仕事として割り切ってこのゲームをプレイするつもりであるが……。

 仲間を集める、か──。

 先野は画面を見つめて思案する。

 とにかく、このゲーム世界のだれかと話をしなければなにも始まらない。それはリアル世界と同じだ。

 先野は道頓堀川にかかる戎橋で、道行くキャラクターに声をかけた。ヨロイを着た強そうな戦士だ。このゲームで長くプレイした人間でないと、不明者の情報は得られないだろうから、経験のありそうな外見のアバターにしぼって聞き込みをしようとの考えだ。

 キーボードから入力するのに手間取るが、呼び止めた相手は待ってくれていた。捜している者の特徴を文にして打ち込み、送信。先野のアバターの頭上に吹き出しが出て、相手に伝わる。

 すぐに返事が表示された。恐ろしいほどの入力の早さだ。音声入力デバイスでも使っているのかもしれない。

「初心者のプレイヤーなら、まず役場に行くといい」

 と、先野の質問には答えず相手は言った。先野のアバターはろくすっぽ装備もなく、デフォルトで与えられたら短剣ひとつを腰に下げているにすぎない。どうせならリアルと同じ白のスーツでキメたいと思うが、そんな服は売られてもおらず、みすぼらしい身なりである。その姿を見てヨロイ男は先野を初心者プレイヤーだと判断したのだ。

「そこに行って、パーティーの申請をするわけだから、待ってたらだれなりとパーティー希望者が現れるよ」

 役場はどこにあるんだ? と先野が質問を入力する前に、

「役場は大阪城にある」

 メッセージが表示される。

 あっけにとられているうちに、もう話は終わったとばかりにヨロイの男は去っていった。

 ふうむ、と先野はマウスから手を離して息をつく。

(なんだか調子が狂う……)

 他人に話しかけることでパーティーを組むのがゲームの基本だから、他人に話しかける行為自体はリアル世界ほどハードルは高くない。しかし、長年探偵をやってきたノウハウをそのまま持ち込めるかというと、そう単純ではないようだ。文字テキストだけでやりとりするわけだから、顔の表示や口調で感情を見たり表したりはできない。絵文字を使えばある程度は可能だが、あまり絵文字を使い込んでいない先野にはその使い方が今一つわからない。

 この案件は長くかかりそうだな、とつぶやいて、大阪城方面に歩き始める。リアルな大阪なら地下鉄かバスに乗るところだろうが、バーチャルでは歩いてゆく。すぐ近くだし。

 先野はマウスを操作し、アバターを歩かせる。それとともに横スクロールする画面。

 道頓堀界隈は商業エリアだ。さまざまな装備が売られている。だから人も大勢いた。しかしそこから離れると人口密度はいっきに減少した。大阪城までたどりつくまでは、たとえ近いとはいってもモンスターと遭遇する危険度がアップする。周囲は街で人工的な場所だが、だからといって安心できない。

 どうかモンスターが襲ってきませんように。

 短剣一本でも勝てる相手──たとえばスライムとか──はいるだろうが、戦い方もろくに知らないから、ちょっとレベルの高い相手でも殺られてしまうだろう。

 と──。

 BGMが急に変わった。のんびりした静かな音楽が、おどろおどろしいものに変わり、先野は緊張して身構える。ゲームで遊んでいるわけではないとはいえ、まるっきりモンスターと戦わないというわけにはいかないようである。

 周囲に人っ子ひとりいないなか、スライムが現れて少しホッとする。こちらのパラメーターに合ったモンスターが出てくるようである。

「こっちは急いでるんだ。おまえなんかと遊んでいる暇はない」

 蹴散らそうとしたら、スライムは大きな口をあけて接近してきた。よけもせず短剣を振り回したら食われた。えっ? と思っていると、「DEAD END」と、血の滴るような書体の文字が画面に現れた。「CONTINUE?」のウインドウが、バカにしたように切り替わって出た。

「…………」

 しばし絶句し、

「なめとんのか!」

 先野はマウスを放りだした。

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