幻影
山田西小学校跡地。すでに廃校となったこの敷地が遺言書にあった土地であった。ところが、そこは何人かの共同所有地で、遠い昔、ここに学校が建てられることに反対だった地元農民が土地を共同所有して阻止しようとしたか、あるいは借地料を目的としたのか……と舞瀬村役場の職員は推測したが、なにしろ50年以上も過去の話であり、当時のことを知る当事者はひとりも生存していなかった。土地の権利を引き継いだ遺族にはあとで話を聞くとして、問題の土地を見ておこうと現地に向かった先野とミヤコであった。
職員に道順を教えてもらって急行する。田んぼの広がる里を突っ走り、目指す小学校跡地にはほんの10分ほどでたどり着いたが、そこで先野は門の前に止まっている二台のクルマを認めて眉をひそめる。うち一台の白の軽自動車は、知っているナンバーから興信所の社用車だとわかった。
「まさか三条が?」
信じられない。どんな魔法を使ってこの場所をつきとめたんだ?
もう一台の紺のBMWは見覚えがない。ワックスぴかぴかでしっかり洗車されており、何年もこの場所に放置されているのではないようだ。となると、ここにはすでに少なくとも二人の人間が来ていることになる。そのうち一人は三条愛美だろう。
マーチを停め、さ、降りるぞ、と先野。
「土地の詳しい事情を聞けるかもしれん」
ミヤコがうなずく。その目に妖しげな光が宿るのに先野は気づかない。
二人してクルマを降り、通用口から校庭に入った。
そしてそこに、三条愛美と、意外にも窓村良松の三男、優元を見つける。
どうやら、すでになにもかもが解明されている様子である。いつの間にか出し抜かれた形になっているのを感じて、先野は動揺する。
二人のもとに駆け寄った。
「見つけましたよ、土地の場所を」
優元に向かって告げた。
「そのようですね」
「存在しない、といってましたけど、どうしてそんなことを? こんなど田舎の共同所有地に資産価値なんかないっていうのに。これじゃお兄様も横取りしようなんて考えないでしょう。それとも、そんなことは知らなかったなんて、白々しいことをおっしゃるつもりじゃないでしょう?」
「できれば見つけてほしくはなかったんですよ」
優元の視線が先野の背後──意味ありげな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくるミヤコに移っていた。
「先野さん、帰りましょう」
三条が唐突に、強い口調で促した。
「キミがどうやってここへたどり着いたか知らんが、おれはまだ話が終わってないんだぜ、いきなり帰ろうなどと、ずいぶん藪から棒じゃないか」
「それはわかってます。でも、ここはこの二人にまかせて」
三条は先野の腕をつかむ。いつもの三条と違うやや強引な態度に先野は目を泳がせる。
「二人? って、優元さんとミヤコ……?」
先野はわけがわからない。
「先野さん、ここまで連れてきてくれて、ありがとうございました」
歩み寄ってきたミヤコは先野に礼を述べると、優元と対峙する。口元の笑みは、少女らしい無邪気さとは対局にありそうな不気味さを漂わせていた。
「そこを通してもらえないかしら?」
「そうはいきません」
優元の表情が険しくなる。
「あら、そう……。じゃあ、力ずくでも通させてもらうわ」
「なにが始まるんだ?」
ただならぬ気配が夕暮れの校庭に満ちて、先野は不安になる。
次の瞬間、目にも止まらない速さでミヤコが飛び出した。すると優元も同じように驚異的なスピードで動き、ミヤコの行く手をさえぎった。しかしミヤコはネコのような身軽さでそれをかいくぐる。ミヤコが方向転換した先に向かって優元が跳ぶ。
先野は呆然と見つめるのみ。三条が腕を引くが、動かない。
そして──。
人間離れした速さで交錯する二人は、次の瞬間、音もなく消滅した。
先野は瞠目した。三条の手をふりほどき、二人の消滅した場所に駆け寄って足跡を確認する。
「こいつは……どうなってるんだ?」
三条を振り返った。
三条は額に手をやり、やや間をおいてから答えた。
「さぁ……。なにが起きたんでしょう」
「とぼけるな。なにか知ってるはずだろ。説明したまえ」
人差し指を突きつける。
「とにかく帰りましょう。日が暮れますよ」
先野とは対照的に落ち着いた口調で三条は言った。
ここから事務所に帰るとなれば三時間以上はかかるだろう。帰社したころにはもう夜中だ。
「わかった。会社に戻ろう。しかしこのまま放っておいていいのか? 険悪な雰囲気だったぞ」
「わたしたちになにができるんです?」
先野は言葉を飲み込んだ。なにかできるような気がしなかった。
「どうやらきみの言うとおりらしい……。だが帰ったら、ちゃんと説明しろよ」
「わたしの知ってる範囲でなら」
「もちろんだ。憶測はいいから知ってる事実だけをな」
三条はうなずき、はい、と返事をし、入ってきた通用門に向かって歩きだす。
先野はそのあとに続こうとして、もう一度、二人が消えた空間を振り返る。そこにはだれもおらず、気配さえなく、まるで幻でも見ていたかのようだった。




